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高校生までの私は完全に理系志望だった。数学物理化学が大好きで、語学とか歴史とかは大嫌いだった。大学見学に行ったのも理系の大学だけ。それが何を間違って英文科なんかに入ってしまい、その後何十年も文系一筋で生きていくはめになったかというと、こいつのせいである(笑)。
理系が好きというだけで、大学で何を専攻したいかという希望は特になかったのね。鈴木の家は祖父の代まで医者の家系だったので医学部でも良かったし、動物が好きなので獣医学科でも良かったんだが、血や内臓に弱いのでどうしてもダメだった。(だから生物学も苦手だった)
SFファンだったから天文学にもあこがれたが、どう考えても食べていけそうにない。コンピュータがこれほど普及するとは予想できなかったので、数学科も地味だなーと思った。物理化学も、大学に残って研究者になるんでもないかぎり(大学院進学なんてまるで考えてなかった)飯の種にはなりそうもない。
それで、当時、フロイト/ユングにめちゃくちゃかぶれていたので、心理学科に進もうと考えたのだ。それならカウンセラーやセラピストとして食べて行けそうだし。(精神科も考えたが、やっぱり解剖実習があるのでダメだった) ただ、なぜか心理学って文学部なんだよね。そこに落とし穴があったのに、十代=バカだった私はそこまで考えが及ばなかったのだ。
それで早稲田の文学部に入ったのだが、私の時代の早稲田では2年次に専攻が決まる。ところが、大学の1年間で多少知恵がついてきた私には、この本の表題になっている「フロイト先生の嘘」が見えてきてしまったのだ。まあ、当時すでにフロイト理論を本気で精神病の治療に応用しようという専門家は少なかったはずだと思うが、それでも私の時代には、フロイトとユングの名にはすごい権威があった。それにフロイトはかなりマユツバとしても、ユングはなんだかわかんないけどすごい! と心の底から心酔していた。
その熱が冷めたのは、読んでて、なんかあまりにも非科学的なことばかりが書いてあるのに気づいたからだ。これって科学じゃないじゃん! 読むぶんにはフロイトもユングもすごくおもしろい。だけど、そのおもしろさは科学じゃなくて文学のおもしろさなのだ。その通り、だから心理学部は医学部じゃなくて文学部にあるのだが、それに気づくのが遅かった。
どういうところが非科学的かというと、たとえばユングの唱えた共時性。うんとかんたんに言っちゃうと、「意味のありそうな偶然の一致には意味がある」という理論なのだが、これなんか、確率の法則を知っていればすぐに嘘だとわかる。ユングが例にあげているような取るに足りない偶然の一致は誰にでもしょっちゅう起こっていることで、ほんとの偶然にすぎず、なんの意味もない。それどころか、統計学的にいえば、「ありえないような偶然の一致」は起こらないことのほうがありえないのだ。
たとえば、ある人がおばあさんが死んだ夢を見て、あとからその晩に本当におばあさんが死んだことを知る。これは一見意味ありげだが、世界中では毎分毎秒おばあさんが死んでいて、その孫も星の数ほどいるからには、その中の誰かが正夢を見たとしてもなんの不思議もない。でもそんな夢を見なかった人は何も言わないし、見た人は大騒ぎしてみんなに話すから、その話だけがどんどん広まるというわけ。
とにかく、「これは科学じゃないんだ、文学なんだ」とさとってからは、心理学者になる夢は急速にしぼんでしまった。私は科学者になりたかったのに!
それ以前に、早稲田の心理学部は行動心理学が主で、フロイト/ユングとは縁がないことすら知らなかった私もアホだが。でもその行動心理学ってやつ、これもなんだか嘘くさい。入学してすぐ、心理学科の先輩に頼まれて、実験の被験者やってたんですよ。もちろん、被験者には実験の意図は知らされていないのだが、これが見え見えなんだわ(笑)。たとえば、「これは記憶力のテストです」と言われてやらされた実験は、答を出す前に、他の被験者の答とされるものが見える。それだとすぐに、「ああ、記憶力のテストってのは嘘で、これは人が他人の意見にどれだけ左右されるかを見るテストなんだな」と気づく。
こう気づいた時点で、私の答はデータとしての有効性を失ってしまうのだが、それぐらい誰でも気がつくので、そもそもこの実験では何も証明できないことになる。こんなのばっか。ネズミを使った実験ならある程度実証可能かもしれないが、人間には知性があるので裏の意図が見えてしまうし、気まぐれで遊び好きだから、わざとでたらめや嘘の答をすることもあるし、実験動物としてこれぐらいふさわしくないものはないのだ。
それで、心理学科はあきらめ、どうしようかと考えた。結局、フロイトもユングも文学としては優れている(実際、彼らの理論を元にした文学作品には優れたものが多い。たとえば、ヘッセの『デミアン』)んだから、なら文学専攻すればいいじゃない。それなら英語は勉強しないでもできるので、英文科でいいや。というような、いい加減な動機で専攻を選んだ結果がこの始末である(笑)。
でも、18やそこらで自分の将来決めるのなんて無理だよね。私は大学なんて、みんな社会で10年ぐらい経験積んでから入ればいいと思う。それぐらいじゃないと、本当に自分のやりたい学問なんて見えてこないし、(特に最近の大学生を見ていると)そもそも勉強したいという気になれない。
ならば、いま私が大学に入り直すとしたら何学部を選ぶかって? もちろん古生物学ですよ。これは日本じゃ無理だから、カナダあたりに留学して、ついでに永住して、一生カナダの原野で恐竜の骨掘って暮らしたい。それじゃまず食えないけど(笑)。
話がそれたが、それでも心理学の本は読み続けていたが、読めば読むほど眉にツバ付けたくなるものばかり。なんとかシンドロームとか、多重人格とか、アダルト・チルドレンとか、確かに読み物としてはおもしろいが、要するにどれもこれもトンデモ本ですな。心理学のジャンルほど、トンデモ本が多いジャンルはないんじゃなかろうか。と学会が書いているトンデモ理論の法則がことごとく当てはまるのばかり。
それだけならまだおもしろがっていられるのだが、恐ろしいのはこういう理論を実際に「治療」に応用している医者やカウンセラーが大勢いることだ。プラシーボ効果というものがあるから、中にはそれで良くなる患者もいるかもしれないが、それならイワシの頭だって同じこと。西洋流に言えばウィッチ・ドクター、日本ならさしずめ拝み屋さんにかかるようなものか。深刻な心の病をかかえた患者の多くが、こういう人たちの手にゆだねられてるのって、ヤバいんじゃない?
実際、精神分析がもてはやされたアメリカでは、すでに深刻な問題が起きている。前に書いた「偽記憶症候群」なんかがそう。何の問題もない幸福な家庭の子供が、分析医の誘導で「親は悪魔崇拝主義者で、黒魔術の儀式で殺した赤ん坊の肉を食べさせられた」なんていうむちゃくちゃな嘘の記憶を植え付けられ、子供が親を訴えたりする騒ぎになった。
で、この本は、ドイツの科学ジャーナリストが書いた、そういう心理学の嘘や、心理学についての俗信をバッサバッサと切り捨ててくれる痛快な本である。と、やっとここからが本題。心理学に興味を持っていたり、これから心理学に進みたいと思っていたり、あるいは何か問題抱えていて、精神科やカウンセラーにかかろうとしている人には絶対読んでおくことを勧める。もともと心理学には懐疑的で、かなり本を読んでいる私も目からウロコが落ちるというか、「なんか怪しいなー」と思っていたことを、すべて「嘘です」と断言してくれるのには驚いた。
そりゃそうだよねー。脳の働きはまだほとんどわかっていないのに、人間の心がそう簡単に解明できるはずがないのだ。それでも、精神医学の分野では、(なぜ効くのかもよくわからないまま)けっこういい向精神薬が開発されているが、少なくとも薬なら二重盲検ができる。(もう用語解説するのがめんどくさいので、知らなかったらググってください) だけど、心理療法では二重盲検ができないというだけでも怪しいと思って間違いない。
で、結論はと言うと、心理療法に期待できるのはルルドの泉程度の効果、害の方は甚大なんだそうだ。ひえー! だって、ますます心を病む人が増えている日本では、会社も心理カウンセラーを置いたり、地震や災害があるたんびにカウンセラーが担ぎ出されているじゃない。そんなやつらに任せていいのか?
そうそう、例のPTSD(心理外傷後ストレス障害)ってやつ、あれ自体がかなり怪しいんだそうだ。とにかくこの手の病名はあとからあとから出てくるが、これって人を無理やり病気にして金取ろうという策略としか思えない。どんなに恐ろしい思いをしても、ちゃんと乗り越えてる人のほうがはるかに多いのに、ちょっと気の弱い人は、確かにこういう病名突きつけられただけでビビってしまうだろう。
トラウマってもの自体、かなり怪しい。特に子供のトラウマ。子供は大人よりよっぽど強靱な神経と柔軟性を持っていて、つらい体験を容易に克服してしまうのは、子供時代にそれこそ筆舌に尽くしがたい悲惨な体験をした人々の手記を読んで、私も知っていたけれど。
恐怖症を例に取ってみよう。(恐怖症も心理療法が治せると豪語しているものだが、それも嘘らしい) たとえば私は虫恐怖症だが、それはもちろん東京にも虫がたくさんいた子供時代に由来している。それで何度かトラウマ的な体験をしたのも事実だが、その一方、虫採りや虫を使った遊びに興じていたのも事実。つまり子供のころの私は、虫がこわいとか気持ち悪いなんてぜんぜん思ってなかったのだ。だからトラウマになるはずもなく、現在の虫恐怖症はあくまで大人の私が培ったものにすぎない。
PTSDと言えば、ストレスが精神衛生に悪いというのも疑問符が付くのだそうだ。ふーむ。確かに生物学読んでると思うけど、生物の体ってのは本当に奇跡としか思えないほど良くできている。精神衛生上も、ちゃんと危機に対しての防衛機能が備わってると思う方が自然だよね。ストレスにもそういう効果があるらしい。
それじゃ、ストレスを無理やり封じ込めたり、発散したりするのは、かえって心の健康に良くないってことになるじゃん!
という調子で、どのページも「ほほー」と感心する話でいっぱいなのだが、特に私の印象に残ったのはこういうの。
何か事件が起きると、暴力的(あるいは性的)な映画(あるいは、マンガ、テレビ、ゲーム、インターネットなど)のせいにしたがるやつが多いのはなんでだろうかと前から考えていた。その疑問にこの本は明快な答を与えてくれる。
「第三者効果」と言うのだそうだ。どういうのかというと、また私流にかんたんに説明すると、「こんな残酷なゲーム(あるいはエロい画像)を見せられたら、きっと犯罪に走るやつが出てくるだろう。もちろん私はそんなことしないけどね」ということ。自分がそうしないからには、他の人もそうしないだろうとは考えないのだ。人は他人のことを自分より意志が弱く、悪影響を受けやすく、要するに低脳だと考える傾向があるらしい。これは事実だ! だって私はそう思ってたもん(笑)。でも実際のところ、人間なんてみんな似たようなものなのだ。
ということはつまり、ヌードを規制しようとするお偉いさんなんてのは、みんな裸を見るといきなり女を強姦したくなるようなやつばっかりなんだね。
「つねにポジティブであることが心の健康に良い」というのも嘘だってのは、けっこう感動しましたね。私なんかこの通り、けっこうネガティブな気質なんで(笑)。
これで思い出したのは、やたら「元気」であることがよしとされる風潮。「誰それさんから元気をもらいました」というセリフ、あれを聞くたび、私は背筋がゾッとするのだが。これまた私は「非元気」の象徴みたいな人間なんで(笑)。
職場で知人と顔を合わせると、必ず「元気?」とか、「How are you?」とか声をかけられるのだが、私は必ず「ううん」とか、「Terrible.」とか答えるので、みんなに笑われている。だって、職場は私にとって地獄なので、楽しいわけがないじゃない。だいたい、自他共に認める元気印の人間なんてのは、私の見るところでは、脳があったかいだけのうっとうしいお調子者か、絶えずハイテンションで動き回っていないと不安に駆られる心気症だ。もっとも、私が元気がないのを見ると、みんな楽しそうに笑うので、私は私で人に元気を与えているのかもしれないが。
そういや、「自分捜し」とか、「新しい自分に出会えました」なんてのもイヤーなせりふだよね。さすがにもうすたれたみたいだが、ひところ「自己発見セミナー」なんてのもはやったし。私はそういうのを見るたび、「そんなに自分に興味があるのか?」と冷笑していたが、それもバッサリ切り捨ててくれる。
実は本当の自分を見つめたりするのは精神衛生上よろしくないらしい。人はこれまた自己防衛のために、自己欺瞞に満ちた偽りの世界像や自画像を心に描くのが普通なんだって。精神病の人の自己認識はどれほどゆがんでるかというと、実際は健康な人より正しすぎるところが病気の原因だったりするんだそうだ。世界や自分自身や自分の将来にバラ色の幻想を持てなくなってしまった人が鬱病とかになるのね。
同じようなことが恋愛や結婚にも言えるらしい。どう見ても不釣り合いなカップルってあるじゃない。モデルみたいな美男子がブスの女の子とつき合ってたり、すごい天才がパープリンの女の子と結婚したり。(逆も可です) そういうのはたいてい、片方(必ずしもハンデを持った方とは限らない)が相手に過大な幻想を抱いていて、相手を文字通り神(女神)のように崇拝しているものだが、常識的に考えれば、そんな幻想はいつかは壊れ、破局に至るだろうと思う。
ところが調査ではそういうカップルの方が、お互いに相手を正しく認識しているカップルより長持ちするんだそうだ。それどころか、その幻想が現実になることもあるらしい。確かに毎日、「あなたみたいにすてきな旦那様はいないわ」と言われていれば、その気になるかも。うーむ、勉強になるなあ。
あと、多重人格ね。多重人格にもはまったな。だって、その手の本ってどれもものすごくおもしろかったんだもん。その一方、あまりにおもしろすぎるので、「これは創作なんじゃないか?」と疑ってたのも確かだけど。『イヴ』のころはまだすなおに信じてたけど、『シビル』になるとかなり眉にツバつけて、『ビリー・ミリガン』まで来ると、「これ、小説じゃん!」。
それでこの本によると、『シビル』の話はやはり完全なでっち上げなんだそうだ。確かな証拠も残っていて、セッションの記録テープの中に、担当医と本の著者が筋書きを話し合ってるのが入ってるんだって。ひでーな。なんの問題もない健全な女性を、医者とライターが洗脳して重度の精神病に仕立ててしまったんだから。あの「小説」はシビルが分裂する原因となったとされる、母親による虐待のすさまじさが読み応えがあったのだが、そんな虐待の事実も当然ながらなかった。でもシビルも母親も実在の人物なんだぜ。そんな嘘八百を本に書かれて、しかもその本が大ベストセラーになって、この人たちにどうやって償いをするというんだろう。(ちなみに著者2人はすでに故人)
私の(不本意ながら)専門の教育分野でもいいことが書いてある。
たとえば、頭の良くなる薬や教育法なんてないってこと。知能を決定するのは遺伝子であり、(学力は訓練で伸びる)、DNA操作でもしないかぎり無理だ。
同様に親の育て方や態度が子供の人格を決定づけるなんてのも嘘。虐待されて育った子が尊敬される立派な人物になることもあれば、愛情深い家庭で何不自由なく育った子が異常殺人鬼になることもある。前に書いたように、兄弟はまるで性格が違うのが普通だが、遺伝子を共有し、同じ親に同じ環境で育てられた兄弟だってそれだけ違うんだから。
その他、臨死体験とか、前世の記憶とか、オカルトの領域に踏み込んじゃってて、誰でも嘘だとわかる事例はもちろんのこと、「広告にはほとんど効果はない」とか、「催眠術はすべてやらせのショーにすぎない」とか、ちょっと意外な気のするものまで、実にバラエティに富んでいる。
実は「なんでもかんでも否定する」というのもトンデモ本の一種なのだが、この本はちゃんと最新の研究や実験結果を踏まえて、論理的かつ明快に心理学の迷信を打破してくれるのが気持ちいい。心理学に興味のある人にはぜひ一読をおすすめする。
性格判断なんてのも、いちばんうさんくさい部類ですね。当たるも八卦というか、「言われてみるとなんとなく当たってるような気がする」という錯覚につけ込んだインチキ。でも、映画『ライラの冒険』のこれはけっこうおもしろいと思った。映画にちなんで、自分のダイモン(守護神)を選んでくれるんだけど。さっそくやってみたら、私のダイモンはカラモンという名前のトラでした。うん、トラ大好き。いいね!
ついでに私の性格は、「内気、柔らかい口調、競争心の強い、孤独、賢い」だって。うーん、当たってるような(笑)。競争心が強いの(コレクターでそうでない人なんていないっしょ)と内気ってのは両立しないようだけど、実際そうだし、(店も教師も)人と接する商売なので、口調は柔らかいし、ていねいなほうだ。(文章はそうでない)
ついでにでたらめを入力してみたらヤマネコで、「外向的、孤独、控えめ、受け身的、リーダー格」となった。リーダーが孤独なのはまああるとしても、外向的と孤独って両立しないだろ。受け身でリーダー格ってのも変だし、やっぱり適当にやると矛盾した答えになるみたい。
あと、徹底的にいじけてみじめったらしい人格を想像してやってみたら、フクロネズミ、やたらポジティブで自信過剰なイヤミなやつはアライグマ、ぜんぶ「どちらでもない」の優柔不断人間はテントウムシになった(笑)。これって当たってると言えるんだろうか?(笑)
ところで、もしカウンセラーになっていたら、私はけっこう成功してたかもしれない。少なくとも今みたいに貧乏してないのは間違いない。
だいたい教師をやってると、そういう人生相談みたいなのを持ち込まれることが多いのだ。特に専任時代は私がいちばん若い教師だったせいもあり、親近感を持つのか相談を持ちかけられることが多かった。
いや、相談というより、単に誰かに聞いてもらいたいというだけね。この本にも精神分析医というのは、(話を聞いてもらうための)「金で雇われた友人」だと書いてあるが。それで私はけっこう聞き上手なのだ。というのも、若いムスメの悩みなんて私には基本的にどうでもいいことなので、(犯罪とかに関係しないかぎりは)「ふんふん」と聞き流しているので、それがかえって向こうには負担にならなくていいらしい。
ただ、これはボランティアだからいいのであって、金を取って職業としてそういうのを聞くことになったら、教師よりもっと早く破綻してたかも。だって、そんなので金取るのって詐欺だもんねえ。やっぱり自分の精神衛生を犠牲にしてまでやりたくないや。
ちなみに、なぜかロック界にはこの手のトンデモ心理学かぶれが多いですね。共時性(シンクロニシティ)と言えば、The Policeのアルバム・タイトルだし、Primal Screamというのも、有名なトンデモ療法の名前だし、Tears For Fearsのアルバム“Songs from the Big Chair”は『シビル』。やっぱ文系なんだな、あいつら。
と言っても、今回は管理反対という話じゃありません。管理する側の話です。
マンションの管理組合の役員の任期が、この6月でやっと終わった。いやー、これが大変なんですよ。間違いなく週に1日よけいに働くぐらいの労力がかかる。うちの管理組合は持ち回り制なのだが、私はここに越してきてから2回目で、まだまだ先だと思ってたら、意外に早くまわってきた。それというのも、うちみたいな古いマンションはだんだん老人世帯が増えてきて、病気でできないとか、賃貸なのでできないとか、辞退する人が増えてきているのだ。よってできる人間がやるしかないのだが、それでもやらないやつはやらないんだなー。
今回の理事会は仲良しムードで良かったのだが、その中でまったく仕事しないやつがひとり。例会も出たり出なかったりで欠席の連絡もしないし、来ても1時間ぐらい遅れてきて、当然のような顔をして謝りもしない。他の理事は全員仕事を持っていて、必死に時間のやりくりして働いてるのに、この人だけ専業主婦というのも周囲の怒りをかって、特に女性陣(やはり女性が多い)には総スカン。
でも、必ずいるんだよね、こういう人。どんな職場でもひとりやふたりいるでしょ。給料泥棒ってやつ。結局、仕事ができる人がそういう連中も食わせてやらなきゃならないのが日本の社会の仕組みなんだと、私なんかは達観している。
一般住民の無関心もやむを得ないことだと思ってる。自分でやってみないと、なんで必要なのかも、何が大変なのかもわからないもの。そういう人たちからの身勝手な要望や苦情に対処するのも管理者の勤めのひとつで、これもどこでもあることだなあ。なんかやってて専任時代の教授会を思い出しましたよ。
それでも、うちは管理組合がしっかりしていて良かったと思ったのは、今朝の新聞(朝日)を見たから。海外ではありふれたことなので、いずれは日本でも出てくるだろうと思ってたが、やはりスラム化するマンションが増えているのだそうだ。エレベーターは止まったまま、廊下にはゴミがあふれ、建物は崩壊寸前みたいなの。これが海外だと、まともな住民は出て行き、開いた部屋にスクウォッター(不正居住者)や浮浪者が住み着いて、犯罪の温床になるというのがパターンだが、さすがに日本ではまだそこまでは行ってないみたいだけど。
そういや、そういうの東京でも最近見かけるなー。ほとんどが賃貸アパートだけど。ファミリー向けマンションでも出てきているみたい。
なんでそうなるかという原因は、住民が無関心で管理組合が機能していないせい。それを思うと、大変だったけど私も少しは役に立ったんだと思って慰められる。
でもうちなんかも、ちょっと間違えばスラムになりかねない。決して裕福な人が住むようなマンションじゃないし、高齢化も賃貸化も進んでるし。この記事でも取り上げられている、管理費滞納問題、これが私たちの理事会の最大の問題だったし。お金のことも問題だけど、ひとりの不心得者のおかげで、大勢の人が振り回されて貴重な時間をむだにして、おまけに当人は盗人たけだけしいという態度なのがよけい頭に来るんだよね。
そんな苦労ばかりの理事を喜んで引き受けるのは、うるさ型のおじいさんや世話焼きのおばさんみたいなタイプが多いが、ほんとありがたいと思ってますよ。そういう人たちがいなかったら組合は成り立たないもの。うちは下町なので、まだそういうご近所づきあいや相互扶助の気質が残ってるのかも。とにかく「マンションは管理を買え」という確言を信じてそうしたわけだが、それは当たってたと思ってる。
ところで、まるで関係ないようだが、オンラインゲームも管理が大事。管理がなってないところは荒廃するという同じ法則が当てはまるみたい。そういう理由で選んだのが、ずっと前に書いたDragon
Warcry(DWC)というゲーム。すっかり気に入ってずっとプレイしていたのだが、それがこの8月いっぱいで終わることになった。
ここは個人が非営利で運営しているゲームなのだが、とても個人の作とは思えない質の高さと、管理者が実にきめ細やかに面倒を見てくれるところが気に入っていた。規模が小さいので、プレイヤーがみんな顔見知りみたいな家庭的雰囲気も。ただ、ひとりでここまでするのは管理者の負担もすさまじく、長続きするのかなと心配していたら、やっぱりと言う感じ。
それでも、仕事が忙しいからとか、体調を崩したからという理由なら納得もするのだが、閉鎖の弁を読むとそうではなくて、一部の不心得者の不正や(2ちゃんを通じた)プレイヤーの誹謗中傷合戦に嫌気がさしたということらしい(あくまで推測なので、違ってたらごめんなさい)のが、なんとも残念で悲しい。
ただ、これも私には目新しいことじゃないんですよね。私の「本職」であるゲーム「シムピープル」、国内の有力サイトが閉鎖された原因のほとんどがそれだもの。
いや、私自身も被害者かもしれない。私は(脳が腐るので)2ちゃんねるなんて読まないが、親切な人がたれ込んでくれるし、自分も誹謗中傷のネタにされていることは知っていた。管理者としては、自分の楽しみと同じゲームを愛する仲間のために少しでも役立ちたいと思う気持ちから、無償で自分のお金と時間を使ってサイト運営しているのに、それで悪口言われるんじゃ、「やってらんねーよ」と思うのは当然。いや、たとえほめ言葉でも、会ったこともない人に勝手な憶測書かれるのはいい気はしない。
掲示板は荒らしとまでは行かなかったが、管理にあまりに手がかかるし、自分のサイトに見て不愉快なものを置いておきたくなかったので閉鎖するしかなかった。
迷惑メールも多し。人のアドレスを勝手に出会い系に登録するなんていういやがらせは論外だが、サイト管理者は利用者にサービスするのが当然という態度で、勝手な要望や質問を送りつけ、こっちがそれに答えても「ありがとう」の一言もないやつが多い。頭に来て説教しても無視。しかも相手は匿名。もう「シムじまん」に来るメールには、ちゃんと本名と職業を明記して、礼儀をわきまえた文面のもの以外は返事をしないことにしている。
普通こうなると、しかもサイトはほぼ放置状態で更新もしてないので、サイトを閉鎖すればいいじゃないかと思われるかもしれないが、それはしてない。こんなものでも喜んで見てくれる人はいるし、更新してないのに毎日のように来てくれる人もいるので。だから、サイト閉鎖を決めた管理者(しかも私なんかと違って本当に才能ある人)からそれを聞かされると、無理もないと同情するものの、なんとも残念な気がするんだよねー。
まあ、私が平気なのは、人並み以上に鈍感で無神経なのと、世の中なんてそんなものとあきらめきってるせいかもしれないけど。潔癖な人にはがまんできないんだろうな。
でもそんな私が辞めざるを得なかったほどなんだから、(私が勤めていた)大学ってところがどれほどひどいかわかるでしょう?(笑) まあ、いじめなんぞは屁とも思わないが、前にも書いたようにあそこでは本当に命の危険を感じたのでね。
幸い、シムピープルの作品(個人が制作したアイテム)は、有志の管理者に引き継がれて埋もれることはないけれど、DWCはサイトが閉鎖されたらそれっきりなので、よけい残念。なんとか考え直してもらえないのかしら? でも、プレイヤー同士の交流が避けて通れないネットゲームでは、防ぎようがないことなのかも。そこをなんとかできないですかねえ?
しかし、ゲーマーって本当にレベル低いね。私もシムじまんを始めるまで、ネットでそんな人に出会ったことなかったので本当に驚いた。シムピープルなんて勝ち負けのない、平和な女子供向けのゲーム(Ver.2のSims2も含めると、女の子向けのゲームとしてはアメリカでいちばん売れてるゲームなんだそうです)でもこうなんだから、殺伐としたRPGではどれだけひどいか、想像に難くない。
あと、言いたくないが、日本人は程度低い。最近は掲示板も海外のものしか見ない。海外のゲーム・フォーラムでもたまに変なやつとか空気読めないやつが現れることはあるけど、そういうのは管理者ばかりか、他の利用者に一斉攻撃浴びて、瞬時に消される。ここが日本との違いかも。
日本の掲示板だと、まともな利用者はスルーしちゃって無視する。それがいけないのかも。これって、町でのマナーとかもそうなのよ。列に割り込むとか、禁煙のところでタバコを吸うとか、些細なマナー違反でも、海外(私はイギリスしか知りませんが)では、周囲の人に総攻撃受けるのでやめないわけにはいかない。日本だとみんな見て見ないふりでしょ。まあ、最近は下手に注意なんかすると刺されるという恐怖もあるから、なかなかできないのかもしれないけど、ひとりじゃなくてみんなが一致団結すればできることなのにね。と、私にはめずらしい結論でした。
(暗い話ばかりでごめんね。楽しいネタはいっぱいたまってるので、また近日中に書きます)
うっかりして過去の日記に上書きして、おまけにそれを転送してしまい、青くなった。こんなものでも、もう一度書けと言われたら絶対に同じものは書けない(というか、何が書いてあったかも忘れてる)し、うちのハードディスクのも、サーバ上のも書き替わってしまったので、もう二度と取り戻せないと思ったので。
そこではっと思いついて、グーグル・キャッシュにないかと捜したら、あったー! おかげで、なくした日記は全文、無事取り戻せました。ありがとう、グーグルさん! あんただけが頼りだよ。マイクロソフトに負けるな!
でもって、楽しい話といえばやはり動物。今日は爬虫類愛の話だよ。
ついに出た、デイヴィッド・アッテンボローの(文字通りの)ライフワーク、Lifeシリーズの最新作にして、(たぶん)最終作、“Life in Cold Blood”のレビューです。(これは英国盤DVD。国内ではまだ放映されてないけど、そのうちNHKでやると思います)
いやー、もうお年(82才)なので、てっきり引退したとばかり思っていたが、現役バリバリ。それも、仕事はやるとしてももうナレーションだけだろうと思っていたら、自分で企画し、出演した番組を引っさげて戻ってきてくれた。というわけで、爬虫類と両生類を扱ったこのシリーズで、文字通り地球上の生命のほぼすべてを取り上げたことになる。
参考までに他のシリーズは、
Life on Earth ―― ダーウィンの進化論に基づいた、生命進化の歴史。
The Living Planet ―― 砂漠・ジャングル・深海など、生息環境別の動物誌。映画にもなった『プラネット・アース』はこれのリメイク。
Trials of Life ―― 求愛・子育て・狩猟・闘争など、動物行動学に基づいた動物誌。
Life in the Freezer ―― 極地の動物。
The Private Life of Plants ―― 植物。
The Life of Birds ―― 鳥類。
The Life of Mammals ―― 哺乳類。
Life in the Undergrowth ―― 昆虫。
Blue Planet ―― アッテンボローは出演していなくてナレーションのみなので番外編だが、海の生物すべて。映画にもなった『ディープ・ブルー』はこれが元ネタらしい。
とりあえず、これらはこの手の動物ドキュメンタリーの最高峰なので、見たことない人には絶対におすすめ。ただ、意外とレンタル・ビデオ屋には入ってないんだよねー。
ご存じのように、私は無類の爬虫類好きなので、このシリーズには特に期待していた。
なぜ爬虫類が好きかって? もちろん、恐竜ファンというのが大きいが、現生爬虫類だってみんな好き。基本的に(馬と猫科の動物を除く)哺乳類より好きなぐらい。
今にして思うに、小さい子供のころ、デパートかどこかでやっていた「世界のヘビ展」を見た影響が大きいかも。そこで初めて見た(都会っ子なので、野生のヘビなんて見たことなかった)色とりどりのヘビが、宝石箱をぶちまけたような美しさなのでうっとりしたことを覚えている。顔だって、つぶらな黒い目がかわいい。
ワニも好きだった。子供のころ「お絵かき」をすると、人並みにキラキラ星目の「お姫さま」の絵とかも描いていたが、それ以外は、耳まで裂けた(耳ないけど)口に、三角形のギザギザ歯がずらりと並んだ「かいじゅう」の絵ばかりだった。私の世代は怪獣第一世代でもあり、テレビや映画の怪獣ものに強い影響受けた人も多いが、私が描くのは決してゴジラじゃなく、恐竜や爬虫類だった。
というところで、なぜ爬虫類が好きかというと、
1.強くてかっこいい。
というのはもっぱら恐竜を思い浮かべて言ってますけどね。でもワニとかヘビも強いよね。やっぱりあのスピードとパワーは驚異的。
2.美しい。
だいたい哺乳類なんて、たまに白や黒がいるほかは茶色のバリエーションばっかりでつまらない。なんで哺乳類が地味色かというと、恐竜の支配下で進化したため、もっぱら夜行性だったせいである。昼間は恐竜の天下なので、小さくひ弱な哺乳類は夜にしか活動できなかったからだ。そして闇の中では色は意味がないため、哺乳類はほとんどが色盲で、色も地味なわけ。
それにくらべて、昼行性の爬虫類はもちろん色を見分けることができるし、色鮮やか。
3.清潔。
だいたい哺乳類ぐらい不潔な生き物はいない。これも夜行性のため、嗅覚が発達したせいだろうが、哺乳類は臭い。(人間だって風呂に入らなければ、たちまち臭う) 特に最悪なのがマーキングという習性。なにしろ、なわばりを主張するのに、ウンチだのおしっこだの臭い汁だのを、そこら中になすりつける癖があるんだから。(さすがにこれは人間はしないが) 下品ねー。
それにくらべて、爬虫類はウロコもツヤツヤで、風呂なんか入らなくてもまったく無臭。もちろんフワフワの毛皮や羽毛も好きなのだが、ウロコもいいよー。見た目も手触りも。
ただ、いろんなペットを飼ってきた私も、爬虫類で飼ったことがあるのはカメだけ。ああ、カメもかわいいよ。しぐさも形もなんとも言えずかわいい。
だけど、高校時代の親友が全長1メートルほどのボアを飼っていて、2人でヘビと遊んで楽しかった。
問題は、こいつが生き餌を好むことなんだよね。そのため、私たちはペットショップでハツカネズミを買ってきて与えていたのだが、これがけっこうドキドキ。ドキドキなのはヘビやネズミに対してではなく、ペットショップの店員に。
なにしろ店員は、可憐な女子高生2人がかわいらしいネズミをペットとして買っていくと思っているので、世話の仕方とかていねいに教えてくれるのだが、ヘビのエサだなんて言えなくて(笑)。
え? グロテスク? そんなことないですよ。とにかく目にも止まらない早さで、ヘビが動いたと思った次の瞬間にはネズミの姿は消えている。一瞬でパクッとひと呑みにしてしまうので、血の一滴も流れるわけでもなく、骨まで消化してしまうので、毛一本残るわけでもなく、きれいなもんです。それを言うなら猫がネズミを捕るところのほうがよっぽど残酷。だいたい、犬猫だってれっきとした肉食動物で、野生の状態では、もっと残酷なやり方で生き餌を取ってるんだからね。
しかし、爬虫類好きにとっては、このタイトルはちょっと引っかかるな。冷血というのはもちろん間違いで、外温性というだけ、要するに内温性の哺乳類は食物から熱を得るのに対して、爬虫類や両生類は太陽から熱を得るという違いだけだから。実際、爬虫類の多くは人間より体温が高い。
あ、もちろん両生類も好きです。カエルは飼ってたし。カエルかわいいよー。
このシリーズは全部で5つのエピソードから成っていて、エピソード1が“The Cold Blooded Truth”として、体温調節の問題。2の“Land Invaders”は両生類すべて。3がトカゲ、4がヘビ、5がカメとワニ篇となっている。両生類、やや冷遇されているが、まあしょうがないでしょう。
ひとつひとつのエピソードについて、言いたいことはたくさんあるのだが、それをやると長くなるので端折って、私がいちばん期待していたワニ篇。のろまで愚鈍で残虐な殺し屋という一般的なワニのイメージはまったくの間違いだというのは、これまでのLifeシリーズを見て知っていたが、ワニのお母さんの子育ては感動ものだよ!
母鳥(種類によっては父親も)が卵やヒナ鳥に注ぐ涙ぐましいまでの献身は誰でも知ってると思うが、ワニもそれに引けを取らない。変温動物だから卵を抱くことこそできないが、その代わり、絶えず土の温度を調べて、土をかけたりどけたりして世話をするし、卵から孵ったあとも、実に熱心に面倒見るんだよね。
それに関して、これを見て初めて知って感動したことがある。哺乳類や鳥は、発育不全の弱い子供はほったらかしにして死なせるか、殺してしまうじゃない。ワニはそれをしないんだよね。
子供たちが卵から孵ったあと、お母さんワニは巣を掘り返して、孵化しなかった卵を捜す。それを(あのものすごい歯とあごで)、ひとつひとつ細心の注意を払ってそーっと割ってみるのだ。すると、中から生きた赤ちゃんが出てくることがある。ワニの卵の殻は固いので、中には自力で割ることができず、疲れ切って声をあげることもできない赤ちゃんがいるんだね。(母ワニは卵の中から聞こえるピーピー声で子供が孵ったことを知る) そういう子を1匹残らず助けてやるのだ。
あと、住んでいる川が干上がってしまったとき、子供たちを連れて、お引っ越しをするんだが、よちよち歩きの子ワニにとっては、陸上の長距離移動は死の行軍だ。当然、途中で動けなくなって脱落する子が出てくるのだが、お母さんワニは全員が回復して追いつくまで、じっとすわって待っているのだ。自分だって、早く水場にたどり着きたいはずなのに、この忍耐力は驚嘆に値する。
しかもその子供たちのほとんどが自分の子ですらないというんだから。そう、ワニは共同保育をするのである。群れの子供たちは保育所に集められ、他のお母さんたちが仕事(エサ捜し)に行ってるあいだ、1頭が全員の子の面倒を見るのだ。子供たちを食べようとする鳥が寄ってくると、みんないっせいにお母さんの体によじ登るところがかわいい。確かにあのお母さんのそばにいればこわいものはないな。
ワニの知能もあなどってはならない。『プラネット・アース』では、ヌーの川渡りを待ち伏せして襲うワニの群れのシーンが印象的だったが、ここではやはり産卵のため川を上る魚を待ち伏せするシーンがある。1年に一度かそこらの年中行事を記憶しているということは、ワニには長期記憶があるということだし、カレンダーも時計もなくても、正確な日時を知ることができるということだし、遠くから集まってくるということは、正確な地理も記憶しているし、未来の目標のために目的を持って行動することができるということである。これって犬猫にはとてもできない芸当じゃないか。
下等なワニでさえそうなんだから、恐竜はどれほどだったことか。子育て恐竜が話題になったが、現実にはワニ以上に子煩悩な恐竜や、知能の高い恐竜もいたに違いないと考えるとワクワクする。
そうそう、爬虫類というからには、恐竜の話も出てくるはずと期待していたが、いちおうCGでちょっと見せるものの、さらっと触れるだけでした。まあ、恐竜については『ウォーキング・ウィズ・ダイナソー』でたっぷりやってしまったからしょうがないか。
トカゲの夫婦愛にも、ついほろっとしてしまった。鳥類と違ってこれは爬虫類では珍しいが、オーストラリアの砂漠に、一生、一夫一婦で添い遂げるトカゲがいるんですよ。太ってのろのろと歩く不細工なやつなんだけど(でもそこがかわいい)。その夫婦の片方が車に轢かれて死んでしまったのに、残されたトカゲが死んだ伴侶のそばを何日も離れず、顔をすり寄せてなめてやってるのを見ると、思わずうるうる‥‥
こういう見方は擬人化が過ぎるかもしれないが、その一方で、我々が哺乳類の(というか人類の)専売特許だと思っているものが、別に動物界ではめずらしくなかったりもするのだ。
そしてやっぱり超期待の狩りのシーン。これはいちおう、ニシキヘビがアンテロープ(でかい!)を丸呑みにするところと、カメラにとらえたのは初めてといううたい文句のガラガラヘビがネズミを狩るシーンが目玉なのだが、映像的にはいまいちだったな。
ニシキヘビはいちばん見たかった獲物を捕らえて絞め殺す場面がなく、呑んでる途中からだし、それも藪が邪魔でよく見えない。ガラガラヘビは夜間の赤外線カメラで、しかも自動カメラがとらえた映像なので、モノクロだし見にくい。
まあ、ヘビの狩猟シーンを撮るのがむずかしいのはわかるのだ。彼らは待ち伏せ型のハンターで、当然ながら隠れ身の天才。どこにいるのか見つけるだけでも大変なうえ、狩りは一瞬で終わってしまう。しかも爬虫類というのは究極の省エネ動物なので、ニシキヘビなんかこれぐらいの大物を食べればあとは1年ぐらい食べなくても平気なのだ。いくらBBCのクルーでも、狩りの瞬間を撮るために、1年間ニシキヘビを追いかけるわけにはいかない。それを思えば、これだけでも撮れたのはすごいことなのだが。
そうそう、また話がそれるが、このシリーズは野生動物の生活をありのまますべて見せるのがすごいと思っていたが、これでも補食シーンの残酷で血みどろの場面はかなりカットしてあることがわかった。やっぱりファミリー向けのテレビ番組だからそれはしょうがないが。
というのも、ペンギンが見たくて『ペンギン物語』というDVDを借りてみたから。これ、劇映画ではなく、どっちかというと教育ドキュメンタリーみたいな作りで、ろくな編集も演出もなくひたすら生映像だけが続くので、たいしておもしろいわけじゃない。それでもペンギンさえ見られれば幸せな私は(『ハッピーフィート』はDVD買ったけど、あれは見れば見るほどすごい!)、喜んで見ていた。
ただ、うげーっ!となったのは、スキュア(トウゾクカモメ)がペンギンやアザラシを襲って食べる場面。スキュアの凶暴さと残忍さ(というのも人間的見方だけどね)はよく知っていたし、その狩りのシーンは何度も見ていたけど、これだけナマな映像は初めて見た。
ワシやタカが獲物を襲うときって、ものすごいスピードで急降下して、相手はほぼ一撃で死んじゃうじゃない。スキュアのくちばしは確かに鋭いけど、ワシタカほど強力じゃなさそうで、足なんか水かきだから鋭い爪もない。よって、スキュアに殺される動物は、生きたまま、なまくらなナイフで細切れにされる感じで、もう見るからに痛そう! 目玉つつき出すところなんかも鮮明に映し出すし、それがえんえん続くので、けっこうきつい。
このビデオはどこのビデオ屋にでもあるので、『ペンギン物語』といういかにもかわいらしいタイトルを見て、かわいいペンギンを子供に見せようと思って借りた親なんかは困ったんじゃないかな。
話を“In Cold Blood”に戻すと、これが最後だなんて本当に悲しいし、信じられない。確かにアッテンボローは見るからに年を取ったが、それでも地球の果てまで出かけていって、ヘビに顔一面に毒液を吐きかけられたりして、(もちろんマスクは付けてるけど)、体を張ってがんばっている。どうせなら100才までやってくださいよー。
というのも、動物もいいが、このじじいがまたなんとも言えずいいのだ。私は動物ものに人間のレポーターや解説者が出てくるのは大嫌いなのだが、この人だけは許す。なんでか、こういう番組に出てくる動物学者ってパターンがあるよね。日本だったらさしずめム○ゴロウさんが典型だが、騒々しくて押しつけがましくて感情的で、そのくせ変に威張っててえらそうっての。確かに動物が好きってことはよくわかるが、動物はあんたのためにいるんじゃないよ、みたいな感じで。動物にベタベタさわりまくるのも嫌い。(自分は好きですぐそうするが)
その点、このアッテンボローは、動物といっしょにカメラに映るときには、「私なんかがあなたの縄張りに侵入してごめんなさい」と言う感じで、大きな体をできるだけ小さく丸めて、動物を驚かさないようにひそひそ声で話すのが好きだった。すごいかわいい(or
珍しい or 恐ろしい)動物がすぐそば(or 肩の上 or 手の中)にいても、ニコリともしないポーカーフェイスで、まったく私情をまじえずに淡々と解説をするところも好き。そこがいかにもBBC流だけどね。
それでいながら、表情や言葉には出さないが、体全体から「うれしいよー! 大好きだよー!」という気持ちが伝わってくるところも好き。もっとも年を取って感情が隠しきれなくなったのか、この番組では何度か思わず笑みこぼれてしまうシーンがありましたけどね。
とにかく、まだ仕事は終わってないじゃない。昆虫以外の無脊椎動物という巨大な王国が残ってる。はたしてそれを見たいと思う視聴者がどれだけいるか知らないけど。少なくとも、軟体動物は一度本気で取り上げてほしいな。イカタコ見たくないですか? 日本人は食うことしか考えてないけど、あの人たちは信じられないほど高い知能を持ってるんですよ。
話を爬虫類に戻して、最近のこの手のビデオでは必ず取り上げられるのは絶滅危惧種の問題。ここでも、「野生の状態でカメラにおさめられるのはこれで最後」というカエルさんが出てくる。(この撮影後、生き残りはすべて保護されて飼育下に入った)
ただ、いつもの環境問題じゃなくて、ここで問題になるのは病気。カエルは大変なことになってるんですよ。このまま行けば、恐竜絶滅以来の大絶滅の恐れもあるぐらいで。原因は皮膚に寄生する菌類。確かに両生類の皮膚はいつも湿ってるから、菌類にとってはかっこうのすみかだろうが、皮膚呼吸をする両生類は皮膚を覆われると窒息して死んでしまうのだ。カエルがいなくなったらいやだなー。早くなんらかの対策を講じてほしいものである。
この手の番組で日本が映るとそれだけでうれしくなるが、日本代表は世界最大の両生類オオサンショウウオ。それこそデヴォン紀の生き残りみたいな、生きた化石そのもののグロテスクな姿態がすごく好きだし、日本が誇りにしていい動物なんだが、当然ながらこれも絶滅の危機にさらされている。
だけどペンギンやホッキョクグマみたいな見るからに美しくかわいい動物はみんな大騒ぎするのに、オオサンショウウオのことを心配している日本人は少ない。だめだよ! 見かけで判断せず、貴重な動物は何があっても守らなくちゃ!
ただ、日本みたいな人口密度の高い先進工業国で、これだけ大型野生動物が残っている国は少ない、というところは誇りにしていいと思う。(ニホンオオカミの絶滅は惜しんでもあまりあるが) イギリスなんか、クマも、オオカミも、イノシシも、ヤマネコも、大昔に人間の手で駆除されて、もう1匹も残ってないもんね。理由はもちろん、あちらは狩猟民族で牧畜民族、こっちは農業民族だからだろうが。あと、日本は山国で、人の住めない山地が多くあるところも幸いした。
過疎で廃村になる山村の話とか聞くと、悪いけど私はすごくうれしい。これでその場所は動植物たちに返してやれると思うから。過疎ったって人がいないというだけで、人がいなくなればそこには豊かな自然が戻ってくるんだからね。
というわけで、人もひとりでは生きていけない。生きてはいけるかもしれないけど、動物のいない世界になんか私は生きていたくない。そのためには嫌いだけど虫も我慢する。というお話でした。
おまけ
私が住んでいる西葛西は鳥の町である。水鳥や海鳥も含めた野鳥はほんとに数が多くて種類も豊富。だけど最近、鳥にはいささか閉口している。確かに鳥は美しいしかわいいし、目にも耳にも快いのだが、安眠妨害はなんとかしてくれ!
なんという種類の鳥か知らないのだが、まるで時計を持っているように、毎日午前3時きっかりに、朝のコーラスを始める鳥がいるんだよね。いくら早起きと言っても、午前3時は早すぎる! まだ真っ暗じゃないか。もしかして町の灯りで鳥も体内時計狂わされてるのかも。
とりあえず3時というと私はベッドでうつらうつらしてそろそろ眠りにつこうという時間。鳥の歌も、遠くで聞けばきれいな声なのだが、その声量たるやすさまじいもので、特に窓を開けて寝ている夏場は、耳元でそれをやられると確実に目が覚めてしまう。しょうがないので起き上がって網戸を開け、鳥を追っ払ってベッドに入るのだが、またすぐに戻ってくる。どうもうちが縄張りになってるらしい。
そういえば、これは昼間だが、「キン!キン!キン!」という、脳天に突き刺さるようなものすごく甲高くて金属的な声がするので、なんだろうと思って、窓から顔を出したら、ベランダでスズメが求愛ダンスを踊っているだけだった。スズメってこんなに声でかかったか? 「ちゅんちゅん」なんていうかわいらしいものじゃないのよ。そういえば、これまで私が知ってるスズメは、屋根や電線の上とかにいるのを見ただけで、こんなに人のそばに近寄ってはこなかったなー。ここの鳥は本当に人を恐れない。すぐにメスが見物に飛んできて、スズメのダンスはかわいかったけど。
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