
最近、映画ばっかり見てるように見えるかもしれませんが、なぜかというと、忙しすぎて、でも夏休みなんだから少しは息抜きがしたいのに、家で、ちょっとの暇に、しかもあまりお金がかからない遊びというと、映画見るぐらいしかないんですー!
というわけで、レンタル屋に通い詰め。店に行く時間も惜しいから、宅配レンタルってのを利用してみようかとも思ったが、料金見たらやっぱり店で借りた方が安い。もちろん半額セールでだけど、たいていどっかでやってるので。だいたい、せめてそれぐらい運動しないと(笑)。
しかし、レンタル店も使いづらいね。たとえば、今日は最愛のロメロのリビューだが、2000年の作品が、なんで今まで見れなかったかというと、日本語タイトルがどうしても覚えられなくて、いつもビデオ屋で見つけられなかったからである(笑)。なんか「たたり」に似た題とだけ覚えてたんだけど。「のろい」だったかな?とか言って、ナ行を捜してたりして(笑)。もちろん家に帰ってからネットで調べるんだが、次にビデオ屋に行くときはまた忘れている。
特に、ツタヤってものすごい捜しにくいと思いませんか? アクションとかホラーとかジャンル分けしているのはどこのビデオ屋もそうだが、ツタヤはアクションでも「カー・アクション」とか「ヒーロー・アクション(ヒーローの出てこないアクション映画なんてあるのか?)」とかの「ジャンル」が細かすぎてでたらめで、ここだろうと思う場所にあったためしがない。
ジャンルにきっちり収まる映画なんてそうめったになくて、だったら「SFアクション」はSFなのかアクションなのかとか、「歴史ミステリ」はどっちなんだとか。まあ、ツタヤは数が多すぎるせいもあるけどね。こちらとしては下手なジャンル分けなんかしないで、全部タイトル順に並べてくれればいいのに。でなきゃ監督名で。これはレコード屋も同じ。勝手にいい加減なジャンル作らないでほしい。だからうちの店はABC順になってる(笑)。
一方、最近は映画DVDもよく買ってる。というのも、リージョン・フリー機を買ったから。これはいいよー!というのは前にも書いたけど、輸入盤が見られるというのはやっぱりすごい。何がって経済面が。『セブン』の限定2枚組なんて、日本盤は専門店じゃ中古でも1万円してるのに、それが中古輸入盤だと800円!
さすがに私もオーディオ・コメンタリーの字幕なしはけっこうつらいですけどね。なぜかというと顔が見えないし、単なる雑談だから。それにくらべると、役者のしゃべるセリフはやっぱり聞きやすい。でもがんばって聞いてればきっとリスニング能力も飛躍的に上昇するし、英語のいい鍛錬になる。
映画はべつにコレクションしてるわけじゃないから、何盤だろうと気にならないし。それでも限定にこだわるのは、特典映像が見たいから。すべてレーザーディスクで持ってるのをわざわざDVDで買い直すのも、シネスコ・サイズ、特典映像、オーディオ・コメンタリー、それに字幕のことがあるからだ。
でもアメリカ盤DVDって、日本のとくらべるとなんかジャケットやケースの作りが安っぽくて、ちょっと残念。
というわけで、これはジョージ・A・ロメロ、『ダーク・ハーフ』から数えて7年目の作品。このあとの『ランド・オブ・ザ・デッド』までまた5年かかっているし、これだけの知名度と人気がありながら、本当に寡作な監督だ。粗製濫造早撮りが美徳のホラー映画の世界で、これだけ1本の映画に時間をかけるということは、前にも言ったが、この人は本当の映画職人。年寄りの職人がひとりでこつこつと何年もかけて仕上げたような味わいと深みのある作品。
でも最初はあまり期待してなかった。なにしろゾンビじゃないし、なんか和製ホラーみたいな安っぽい邦題――でも『悪魔の仮面』(フィリピン名)よりましですけどね――のせいもあって。でもこれはないだろう! というので、いきなり、All Cinema Onlineのユーザー・コメントを引用してしまう。
「話がよく理解できなかった」
「ロメロ作品としては最低ランクに位置する出来ですな。ファンとしてはがっかりやね」
「すごく重くていや〜なテーマ。すべてを失って中身の無い自分に気づき、何者でもない白い仮面のまま復讐を果たすってのはいいとして、主人公が根暗過ぎるし、殺し方もセコイ・・・。普段いい人がキレルと何するか分からないっていうのはコーゆー事かな・・と思った」
ふだん私はこういう意地の悪いことはしないんですけどね、こういうのを読むと、それこそ怨みが蓄積して、むらむらとやる気がわいてくるからね(笑)。しかし、いつも言うが、IMDBのユーザー・コメントとのこの違いはなんなんだ! (もっとも日本の映画評はプロが書いたものでもこれと大差ないが)
とはいえ、IMDBも手放しの絶賛というわけではない。ほめてる人でもたいてい保留事項がついてるし、そもそも公開時もたいして話題にもならなかったし、ロメロを語るときに引き合いに出されるような作品でもない。彼のゾンビものみたいな残酷ホラー(だけでは決してないという話はすでに書いた。『Living Dead 三部作』および『ランド・オブ・ザ・デッド』評を参照)を期待して見た人は、がっかりするかもしれない。
でも私の感想はあまりにもロメロ! これぞロメロ!というものだった。だから、ここは立て板に水の弁護を書きたいのだが、疲れていて頭がまったく働かないので、断片だけですみません。(ネタバレあり)
話自体はわりとよくある復讐談だ。男性誌Bruiser(『乱暴者』の意味。これがタイトルになっている)の編集部で働く主人公ヘンリー(Jason
Flemyng)は、けっこうハンサムだし、収入もいいようだし、美人の妻と結婚しているのだが、気弱で根暗で不器用な性格のせいか、会社ではアホな上司ミロ(Peter
Stormare)にさんざんコケにされ、株屋の親友ジミー(Andrew Tarbet)には財産をだまし取られ、自分の家のメイドや犬にもバカにされ、彼の金だけが目当ての妻のジャニーン(Nina
Garbiras)にいたっては、さんざんヘンリーを罵ったあげく、これみよがしにミロと浮気をしているという踏んだり蹴ったり。(英語ではこういう人をドアマットと言います。いつも踏みつけられてるから)
そういう情けないいじめられっ子がついにキレて、怨みを抱いた人間をバッタバッタと殺していく、という話はもういちいちあげるまでもないほどたくさんある。ならば、この映画のどこがいいのかという話をこれからするつもりだが、その前にとりあえず、こういう話って好き。
どうもサイコ・キラーものの流行以来、映画で殺人というと快楽殺人が当たりまえになってしまったが、実はそういうのは本当は嫌い。ていうか、殺人自体きらい、ってそれこそ当たりまえか(笑)。私が言ってもあまり説得力がないけど、とりあえず、快楽のために人を殺すなんて最低。金のために殺すのはもっと最低。でも、こういう耐えに耐えたあげくの「窮鼠猫を噛む」という感じの殺人なら同情もできるから。(私はサイコ・キラーにもしばしば同情するが、それは彼らが重い病気だから) もっとも、いじめられっ子でも、どつき倒したくなるタイプもいますがね(笑)。
そういうわけでヘンリーは、自殺を考えるところまで追いつめられているのだが、でもどうすることもできず、妻に「あんたなんかnothingよ!」と言われても、自分でもそう思っているので、反論もできない。
この「自分は無だ」というのがキーワード。冒頭、ヘンリーはバスルームで朝の身支度をしながらラジオを聞いている。アメリカによくある視聴者参加型の生放送で、父親が死んで落ち込んでいる男からの自殺予告の電話なのだが、40年間懸命に働いてきて、父が残せたのは住んでいる家だけ、その家も税金で取られてしまった、生きていた証すら残せない、まるで父がこの世に存在もしなかったようだと嘆くのだ。
ううむ、社会派ロメロ健在だ。このラジオの男の苦しみは大いに共感できるものだし(特に私の年になりますとね、いやでも考えるよね)、特に自分自身がそう思っているヘンリーにとっては切実だ。
これだけでもいいなーと思うのだが、ショックなのはラジオを聞きながらヘンリーがさりげなく銃を自分の喉に当て、頭を打ち抜く場面だ。おどろおどろしいホラー音楽もなし、まるで毎日の朝の支度のひとつのように。もちろんこれはヘンリーの単なる幻想。彼は何事もなかったかのように身支度を続けるが、ラジオからは突然銃声が聞こえ、男の声は途絶える。ここで初めてヘンリーは驚愕の表情を浮かべる。男は本当に自殺してしまったのだ。
ヘンリーは妻や会社の同僚にその話をしようとするが、誰も気にもしないし、取り合わない。自殺した男は本当に無に等しいのだ。ますます落ち込むヘンリー。いいねえ。この辺の虚無感や心理のきしみ・ささくれはまるでロメロというよりクロネンバーグみたいだ。(すみません。“A
History of Violence”まだ見てません。これだけ好きすぎると――しかも主演が大好きなヴィゴだし、タイトルからしてわくわくするし――かえって恐れ多くて)
実はクロネンバーグを思わせる場面がもうひとつ。ヘンリーはいわば負のウォルター・ミッティ(ジェイムズ・サーバーの短編の主人公で、白昼夢ばかり見ている男。映画版の邦題は『虹を掴む男』)とでも言うべき男なのだ。朝、彼が通勤列車に乗ろうとすると、女が彼を押しのけて割り込んでくる。すると、彼はいきなり女を地面に叩きつけ、ぶん殴り、止めに入ったビジネスマンも殴りつけ、気絶した女は列車に轢かれて頭がぐっしゃり‥‥
うわあー!と騒ぐのは、これこそクロネンバーグのトレードマークだからだ。私がよく「現実感覚が崩壊していくときのクラクラする感じが好き」というのは、まさにこういうのを言うのだ。思い出すのはクロネンバーグの『ビデオドローム』で、ビデオドロームに感染した主人公が、ちょっとしたことで秘書を殴り倒してしまう場面。彼は温厚な男で、秘書には好感を持っているし、殴るような理由は何もないのだ。はっと我に返って取り乱し、「大丈夫か?」と訊ねると、秘書はけろっとして「何が?」。これには本当にクラクラしたし、本当にこわい。ヘンリーはまだ幻想は幻想とわかっているからましだけどね。
冒頭の自殺幻想はそれほどショックじゃないのに、これはショックなのはなんでだろう? 自殺に比べると、いかにも現実にありそうなシーンだからかな? (列車に轢かれて頭ぐっしゃりが?) 違うな。むしろ、拳銃自殺というのは映画のスクリーンじゃしょっちゅう見る場面なのに、見ず知らずの普通の女性にむちゃくちゃな暴力をふるうというのはまずありえない、だけにショッキングなのかも。しかもそれがなごやかな日常の風景の中に(直前まで彼はジミーと歓談している)、いきなり飛び込んでくるからよけいすごい。現実がグラッとゆらぐ瞬間というのはこういうのを言うのだ。
しかし、私もまさかロメロをクロネンバーグにたとえる日が来るとは思いませんでしたよ。参考までに述べておくと、クロネンバーグはホラー監督では私の不動のナンバーワン。ロメロは不動の2番。でもあまりにも作風が違うと思っていたが、考えてみると似た部分もある。どっちも派手でショッキングでグロテスクな血みどろシーンで有名だけど、実際のところは非常にディープな心理ホラーというところ。ただ、『スパイダー』を見る限り、どうもクロネンバーグはお芸術の方面へ行ってしまったようだが、まさかロメロも!
この白昼夢が現実に変わるところから、ようやくホラー映画らしくなってくる。ヘンリーは上司のミロの妻で、密かに思いを寄せているローズ(Leslie
Hope)に、ライフマスクを作ってもらう。これは彼女が手すさびに作っている一種のアートで、好きなようにペイントして飾るためのものだ。
ある日ヘンリーが目覚めると、このマスクが顔にぴったり張り付いて、取れなくなっている。それと同時に彼の中の「もうひとりの自分」が目覚める。
おおー! 今度はペルソナ・テーマだ! ブンガクだよ、これは! 真っ白な無地の仮面はもちろんnothingであるヘンリー自身を表していて、でも顔が見えないということは何をしてもかまわないということで、それに仮面に色を塗るという意味はなんたらかんたらで、その他、仮面が象徴するものは無数にある。
もっともマスクを付けたとたん、ジキルとハイドのように性格が一変して凶悪な殺人鬼になるわけではなく、ヘンリーはヘンリーのままなんだけど、ただ、これまでしたくてもできなかったことができるようになるわけ。このヘンリーの新しいペルソナ――根は傷つきやすく脆いんだけど、ひたすらクールで冷血――がまた、クロネンバーグそっくり! (クロネンバーグの登場人物は全員がそうだ)
このマスク(本人そっくりの白い仮面で、目のところに小さな穴があいているだけ)、最初はかっこわるいと思ったんだけど、見ているうちに、だんだん引きずり込まれるような、不思議な感覚を味わった。なんというか、この不気味な魅力は能面なんかにも通じるな。もっとも能面には表情があるが、完全に無表情の人間というのがこんなに気味悪かったなんて。
しかもその仮面がときによるとちゃんと表情を感じさせるのは、演じたジェイソン・フレミングの演技力のたまものだろう。しかし彼の登場シーンはほとんど仮面を付けたままで、フレミングは大変だったろうけど。
ジェイソン・フレミングはイギリス人で、“Lock, Stock and Two Smoking Barrels”に出てた人。あの映画自体あまり印象に残ってないので忘れてたけど、ここで見るとなかなかいい役者だ。ハンサムなんだけど、かなり癖のある顔立ちで、むしろ悪役顔なんだが、そういう人が悲しい人間を演じるところがまたいい。
そういえば、あのマスクを付けたヘンリーは、ピエロの白塗り顔の不気味さ・もの悲しさにも通じる。
ところで、これを指摘してる人は少ないと思うけど、このマスクってヘンリーの幻想の中にあるだけで、本当は存在しないんじゃないの? と思うのは、この異様な白い顔のヘンリーを見た人がたいして驚かないからだ。後にはマスクを肌色に塗ってサングラスをかけ、下手な変装をしたりもするが、あれじゃ誰だって気が付くって!
「その顔、どうしたの?」と言われる場面はあるが、それは顔に血がついていたり、変なペイントを塗っているからで、仮面はあくまでヘンリーの心の中だけにあると思うと、ますますおもしろくなってくる。
もっとも、妻を殺したヘンリーが監視カメラに映る場面があって、そこでは刑事たちは仮面を見ているようだから、ちょっとこの仮説もぐらつくのだが、後の仮装パーティーの場面がそうだったように、(ヘンリーにしてみれば)仮面の上に仮面を付けていると思えば納得がいく。
だいたい仮面は顔に張り付いてしまったはずなのに、もう1枚仮面があるということ自体、これが幻想だという証拠じゃない? ときどき消えたり現れたりするのも変だし。とにかく、こんなふうにあれこれ考えさせてくれる映画好き!
というわけで、「仮面の男」になったヘンリーは復讐を開始する。雇い主を頭からバカにして、銀器や金を盗んでいるメイドを手始めに、妻のジャニーン、友人のジミー、クライマックスが上司のミロという順番で。
このメイドのエピソードからしておもしろい。彼女はヒスパニック系で、ヘンリーにはわからないと思って、スペイン語でいつも主人をボロクソに罵っているのだが、突然ヘンリーはスペイン語で彼女に話しかけ、すべてがバレてしまう。(日本語字幕ではスペイン語と英語の区別をしていないので、字幕だけ見てた人は、このメイドは分裂人格じゃないかと思うはず) じゃあ、わかってるのに黙って我慢してたわけ? この男もかなり問題だな。
普通のホラー・ファンは当然、この一連の殺しに注目して見ているはずだし、殺し方が物足りないと思う人が多いようだ。でも、この映画はホラーじゃないんだってば! カフカ的な寓話風のサイコ・サスペンスなんだってば! 私はこの殺しはどれも非常にスタイリッシュで、なおかつ納得の行くものだと思いましたけどね。
ちょっとしたところがすごく良くできてるし。たとえばジミーは射殺するんだが、そのときの(これがほんとの)「殺し文句」がかっこいい。前にジミーと自殺の話をしたとき、彼は「俺が誰かを撃つとしても、自分を撃つことだけはありえないね」と言っていたのだが、そのセリフをそのまま彼に返してやるのだ。つまり、いよいよ逃げられないと思ったジミーは開き直って、「撃つならてめえを撃てよ、この負け犬野郎!」と叫ぶのだが、それに対してヘンリーは「きみのくれた唯一のためになる助言だ」と言って、前のセリフをそのまま返して彼を射殺するのだ。昔のヘンリーだったら、本当に自殺していたかも。実際、途中で自殺をはかる場面も何度もあるのだが、そのたびちょっとした出来事でそれを思いとどまる。
「セリフがかっこいい」というのも、ロメロのB級ホラーらしくない特徴。
ただ、その私も、最後のミロだけはもうちょっと派手に殺してほしかったような気がした。なにしろ自分でもクライマックスだと言ってたし、仮装パーティーという凝ったシチュエイションだけに。もちろん殺しは凝ってるんですけどね。余興として、人形の頭を熱線で破壊する装置が用意されていたのだが、(レーザー光線だと思ってる人が多いが、レーザーは照準に使ってるだけだよ)、ミロをワイヤで空中に吊り上げ、熱線で股間と眉間を撃って殺すのだ。
アイディアとしては悪くないが、視覚効果が地味だなあ。他の客は誰も気づかないで、余興だと思っているし。やっぱりここは一面血の海になって阿鼻叫喚地獄が出現したほうが‥‥
と思ったのだが、考え直した。ヘンリーは慎重に相手を選んで殺しており、無関係な人を巻き込んだりはしていないのだ。たとえば、彼は妻殺しを会社の同僚トム(Jeff
Monahan)に目撃され、彼の口を封じるためにその自宅へ潜入する。トムという男はモデルにキャリア・セックスを強いるような野郎で、殺されて当然のように見えるのだが、彼がモデル相手に、「警察へ行きなさいよ」 「行かない。もしかして彼は唯一の本当の友達なのかもしれない」と言っているのを聞いて、殺しを思いとどまるのだ。
これはけっこう泣かせるシーンなのだが、これだけはぜんぜん納得はできませんけどね(笑)。だって、人殺すのを見て、なんで友達だと思うのか。(トムは「彼のことはよく知りもしない」と自分で言ってる)
ヘンリーとローズの、どこかぎくしゃくした関係もおもしろい。根暗男のことなので、口に出すこともできないが、ヘンリーはローズを愛しており、懸命に彼女の機嫌を取る一方で、聡明な彼女があんなつまらない男と離れられないのを苦々しく思っている。(すでに離婚話が進んでいるが、進展していない) 一方のローズは最初から「いいお友達でいましょうね」という感じなのに加えて、「人殺しはちょっと‥‥」なのに、鈍感なヘンリーはわかってない(笑)。
それでもローズやトムにジャニーン殺しの嫌疑がかかったときは、彼らを救うために、例のラジオ局に電話をかけ、本名を名乗ってすべてを告白してしまうのだ。このとんちんかんな騎士道精神がまたいじらしくて泣かせる。それでも最後、ローズは警察に追いつめられたヘンリーを助けるところを見ると、憎からずは思っているようだが。
そうそう、泣かせると同時にちゃんと笑わせる場面もあるのが、ロメロのホラー監督らしくない美点。けっこう声を上げて笑ったシーンもあった。ミロのキャラクター自体が完全な道化だし。誇張されたマッチョでとことんアメリカンなやつ。(演じるピーター・ストーメアはスウェーデン人なんだけど、それを言ったらジェイソン・フレミングもイギリス人だし、レスリー・ホープはカナダ人だし、けっこう国籍不明なところも好き) ストーメアはこのオーバーアクションを心から楽しそうに演じていて、だから悪役なんだけど憎めない。
それを言ったら悪妻の典型みたいなジャニーンも、ここまで徹底してるとかえってすがすがしくて憎めない(笑)。
ここらへんが、ロメロとクロネンバーグの最大の違い。クロネンバーグの登場人物は、たとえ主人公でも、憎めないどころかまったく感情移入ができない爬虫類みたいな(比喩。爬虫類は好きだから)冷血漢ばっかりだから。それにくらべ、ロメロは自分の登場人物を心から愛している。それもだめなやつほど愛しているのがよくわかる。
このダメ男ヘンリーにも、ゾンビと同じぐらい愛情が注ぎ込まれていて、だから(普通に考えたら)これだけどうしようもない主人公でも魅力的に見えてくるのかも。この人、本当に世間に阻害されたような存在が好きなんだなと思う。
というわけで、例によってすべて好きなんだが、完全にノックアウトされたのはこれ! 映画の終盤近く、ヘンリーは部屋でただひとり物思いにふけっている。復讐劇も終わりに近づき、彼自身もいろいろな思いに引き裂かれているようだ。そこで彼はナレーション風に、物語(詩?)を語り始める。この際、全部訳出してしまおう。
男が市場へダイヤの指輪を買いに行った。
彼は気づいていなかった。自分が王ではないことに。
彼は真鍮の台座にはまったキラキラ光るガラスの指輪を買った。
男は全財産をはたいたが、宝石屋は詐欺師だった。
王族は足の指に指輪をはめるものだと、宝石屋は男に言った。
男は靴の中に指輪をはめて、誇らしげに歩いた。
誰も彼に教えなかった。彼が王ではないことを。
なんでいきなりこうなるのかわからないって? そもそもこの話の意味もわからない? 私だってわからんが(笑)、でも私はこういうのが大好き大好き大好きなんだよー! これ聞いただけで、ロメロがただのホラー屋じゃないことぐらいわかりそうなもんじゃないですか。これは詩だよ! ロマンなんだよ!
というわけで、だんだんラストに近づくとともに、私も心配になってきた。それはラスト、ヘンリーをどうするのかということ。これだけ人殺して、ハッピーエンディングはありえないよなー。特に社会派としてはありえない。ヘンリーが自殺して終わるのが、(やりたくてもできなかったことを完成させるという意味でも)いちばん納得の行くエンディングだが、なんかそれじゃあまりにもかわいそう。ここまでにはすっかりヘンリーに感情移入している私は、彼がどうなるのか心配でハラハラしながら見ていた。
仮装パーティーでミロを殺したヘンリーは、なぜか「仮面」が取れて素顔に戻っている。ようやく自分を取り戻したという感じで晴れ晴れとした様子だ。しかし、彼を追う刑事がすぐ近くまで迫っていた。しかしローズの機転で警察の手を逃れ、人混みの中に姿を消す。
そして、画面にはその後のヘンリーの姿が映し出される。彼はどこかの会社でメッセンジャー・ボーイ(会社組織の中の最底辺)をやっているのだが、はつらつとして仕事が心から楽しそうだ。金髪に染めた長髪をポニーテールに束ね、服装もラフで、すっかり生まれ変わった(というか、本当の自分に戻った)ように見える。
しかし、かつてのミロを思わせる、傲慢な上司が彼を口汚く罵って呼び止める。「お呼びですか?」と振り返ったヘンリーの顔には白い仮面が‥‥
このあまりにもB級ホラーっぽい結末は、普通なら完全な蛇足、映画全体の雰囲気をぶちこわしにするものとして糾弾されてしかるべきだろう。でも私はここにロメロの心意気を見る。
というのも、ロメロ自身が自分を「B級低予算ホラー監督」とみなすことにまったくなんの疑問も抵抗も覚えず、むしろそれを幸せに感じているからだ。クロネンバーグがそうであるように、この手の監督が批評家や芸術方面で絶賛されるのはそうむずかしいことではない。でも、これだけ才能があるにもかかわらず、ロメロはゾンビ映画の主な観客であるバカなティーンエイジャーを喜ばせ、彼らに喝采されるのを心から楽しんでいるように見える。私はちょっと残念な気もするが、これはこれでいさぎよい生き方だと思うし、だからこそロメロを愛さずにはいられないのだ。
おまけに音楽についても。パーティー・シーンにはMisfitsが登場するんだが、これが単なるカメオ出演にしちゃやけに長くて、3曲も4曲も演奏する。好きなんだろうか? 私は嫌いである。アメリカの「パンク」なんか軟弱で甘ったるくて歌謡曲としか思ってないから(笑)。
それはともかく、このパーティ・シークエンスはけっこう楽しい。客たちの羽目を外した仮装がおもしろくて、ちょっとしたミュージック・ビデオの乗り。と思ったら、ロメロはMisfitsに出演料を払わない代わりに、ビデオを撮ってやったんだって。あいかわらず低予算でも苦労してるな。でもロメロはオヤジだけどロックしてるぜ!
このMisfitsと、ほぼ全編で流れる渋くもの悲しいサックス(私はこっちのほうが好き)との対比がまた鮮やかだ。
結論。あー、やっぱりロメロはいい! 次作にも期待!と言いたいところだが、次はいつになるやら。とりあえず、他人に監督させたリメイクはもういいから、オリジナル・シナリオの映画が見たい。“Night
of the Living Dead 3D”(3度目のリメイク!)というのが待機してるんだが、見たらベンが黒人じゃないし! バーバラがピンナップガール風のおねえちゃんだし! こんなのロメロのゾンビと違う!
とりあえずの心配は、もうかなりのお年なので死ぬまでにロメロの映画があと何本見られるかというだけ。
上で「他人に監督させた(ロメロのゾンビの)リメイクはもういい」と書いたが、ジョン・A・ルッソ(オリジナル“Night”のプロデューサー兼初期脚本をロメロと共同執筆)とトム・サヴィーニ(“Dawn”のメイキャップ・アーティスト兼スタント指導兼役者、リメイク版“Night”の監督)の二人は他人じゃないぜ!
というわけで、ロメロ・ファミリーのルッソ制作、サヴィーニ出演で、タイトルに“Living
Dead”と付くとなれば、ロメロの名前はどこにもなくても、当然ながら“Living
Dead”の外伝みたいなものかと期待してしまうではないか。まあ、期待はしないまでも、少なくとも粗悪なパクりじゃないとは思うよね。それでもまだかなりいやな予感はしたのだが、少なくともアドレナリン過多中年のサヴィーニが、ハイテンションでゾンビをバッタバッタとやっつけるところが見られればそれでいいやと(笑)。
しかし私はまさかこれがこんなトンデモ映画とは夢にも思わなかった。
「“Living Dead”の名に対する冒涜」
「見なきゃ絶対信じられない」
「俺の人生の1時間半を返せ!」
「ああ、神様、なぜ?」
「DVDプレイヤーが腐る」
「これは映画ではない」
「ゾンビが食べて吐き出したような脚本」
「形容する言葉がない」
「間違いなく、かつて作られた最低映画」
「新エド・ウッド」
これ、全部、IMDbのユーザー・リビューのタイトル。(他に異口同音多数) 私と同様、名前にだまされたロメロ・ファンの呪詛と悲鳴に満ちて、映画じゃなくてこっちが阿鼻叫喚の地獄と化している(笑)。
上の“Bruiser”のようにACOLのリビューでけなされててもぜんぜん心配いらないというか、かえって真の傑作である場合が多いのよ。だけどIMDbでこれだけ言われるってことは、相当なものを覚悟した方がいい。それで見ての私の感想もまさにみんなと同じだった。
映画の冒頭、お約束の自警団によるゾンビ狩りが行われている。期待通りのサヴィーニの濃いアクション・シーンも見られる。ところが廃屋に踏み込んだサヴィーニは親玉ゾンビにあっさり殺されてしまう。ええっ? サヴィーニが主役じゃなかったの? それでも私はてっきり彼がゾンビとして生き返るんだと思って我慢して見ていたが、それっきり。だまされたー! タイトルにでかでかと「トム・サヴィーニの」と付けた日本のビデオ会社も詐欺だー!
それはまあよくある手なのでしょうがないとして、この映画がまともなのはここまで。あとはあー、なんというか、ぜんぜん映画になってないのである。映画の作り方を何も知らない人たちが、寄ってたかって「それらしいもの」を作ってみましたというか、初めてカメラを手にした高校生が作った映画というか、エド・ウッドにたとえられているのも嘘ではない。
非難はもっぱら脚本に集中しているが、それも確かにその通り。主役(らしきもの)は中古車屋のお坊ちゃんとダイナーのウェイトレスのお嬢ちゃんだが、彼らは一度ゾンビに襲われるだけで、ほとんど何もしない。話は何十年ものスパンにまたがっているのだが、ゾンビはその間、ときどき思い出したように出てきては人食ってまた消えるだけ。それ以外はなんの特徴も必然性もない登場人物の日常が描かれるだけ。
親玉ゾンビは元殺人鬼という設定なのだが、ストーリーにはなんの関係もなく、「悪魔的笑み」を浮かべて突っ立ってるだけ。タイトルの「子供たち」はこの殺人鬼に誘拐された子供たちのことで、かろうじてヒロインがその子供のひとりだったという設定があるが、この子たちは映画の初めに無事に助け出された後は、ゾンビとはまるきりなんの関係もない。
ゾンビの餌食の典型である野次馬ティーネイジャー集団も出てくるが、彼らはゾンビを見てびっくりして、勝手に崖から車で転落し全員死亡。その他の登場人物も出てきたとたんゾンビに食われて消えるだけ。かろうじてストーリーと言えるようなものは、中古車屋が殺人鬼の家を買い取ってそこにショールームを作るという話だけ(苦笑)だが、これも完成する前に映画は終わる。
とどめに、いつ話が始まるのかと待っていたら、いきなりエンド・クレジットが始まったのに口あんぐり。
すると何か、あのダイナーのシーンがクライマックスだったの? これもなんの理由もなくダイナーにゾンビがワラワラと集まってきて、そこへ銃を持った人々がワラワラとやってきて、なんとなくそこらへんで取っ組み合ってただけ。
ちなみに、「いつ話が始まるのかと待っていたら、いきなりエンド・クレジットが始まった」映画は前にも見たことがあって、それはキューブリックの『フル・メタル・ジャケット』。キューブリックをこんなふうに言うやつも他にいないだろうが(笑)。
いやー、確かにこれはすごい。こんなのが劇場公開されたとは。IMDbのユーザーの一致した意見は、「いいところがあるとすれば、冒頭の5分間のサヴィーニだけ」というものだが、それも同感。というのも、役者も(サヴィーニを除き)全員ダイコンだから。棒立ち、棒読み、無表情で全員がゾンビみたいなもの(笑)。わざとらしいひとりごとで考えてることを口にするし!
それだけによけいひとりで奮闘するサヴィーニが浮きまくる。しかし、そのサヴィーニも、『ランド』にカメオ出演したときの数十秒のほうが光ってたぐらい。
ちなみに、IMDbにはこの映画にエキストラとして出演したという人の投稿もあったのだが、撮ってる最中から、スタッフも全員これがどうしようもなくひどい映画だってことは認識していたという。なに考えてたんだろうねえ、ルッソも。せめて脚本だけでも自分で書けば、いや、せめてサヴィーニに主演させれば、せめてサヴィーニに監督させれば、せめてサヴィーニにメイクをやらせれば(書き忘れたがゾンビ・メイクもひどい)、なんぼかましな映画になっただろうに。
とにかく、金をドブに捨てるような映画としか言いようがない。せめてもの願いは、これ以上だまされて金をドブに捨てる人がいないようにということだが、きっといるだろうなあ(笑)。
エド・ウッドみたいにバカバカしければ、かえって笑えるという効用もあるのだが、笑う気にもならないほど退屈なだけ。ま、ひとつ効用があるとすれば、こういうのを見るとますますロメロが神様みたいに光り輝いて見えるということ(笑)。
これも邦題にだまされたと言っていいのか? まあ、ジム・ヘンソンは1990年に死んでるので、2004年に映画が撮れるはずがないってことぐらいはわかってましたけどね(笑)。でもまあ、よくこれに「ジム・ヘンソンの」なんて冠付けるよな。実際は娘のリサが10人以上いるプロデューサーのひとりとして名を連ねているってことと、クリーチャー制作にJim
Henson's Creature Shopがからんでいるってことだけ。
それでもこの原作、『砂の妖精』(原題は同じ)は有名な古典童話だし(私は読んだことはない)、私はイギリスの童話が好きだし、何よりイギリス人の子供を見ているのが楽しいので借りてみた。(ヘンソンはアメリカ人だが、彼はずっとイギリスで仕事をしていたので、これもイギリス映画なのだ)
第一次世界大戦中、田舎の親戚の屋敷に疎開に送られた5人兄弟は、その屋敷の中に不思議な別世界への入り口を見つける‥‥っていう導入部はまんま『ナルニア』と同じじゃん! そこで私はつい、『ナルニア』みたいなものを想像してしまったが、もちろんあれとはぜんぜん違う。だいたい映画版のストーリーは原作とは相当違って、この辺は全部映画の創作らしいし、彼らが“It”を見つけるのは不思議の国でもなんでもない近所の海岸らしいし。
そこで彼らは“It”すなわち「砂の妖精」に出会うわけだが、この妖精は一日ひとつの願い事をかなえてくれる。ただし魔法の効果は日没までしか続かない。子供たちはいろいろな願い事をするのだが、そのためいろんなトラブルに巻き込まれ、というお話。
そこで期待の子供たちだが、期待したほどかわいくない(笑)。主役級の次男には『チャーリーとチョコレート工場』のフレディ・ハイモア(Freddie
Highmore)が扮するが、この子、いかにもこまっしゃくれた感じであんまり好きじゃないんだよなあ。長男のシリルを演じたジョナサン・ベイリー(Jonathan
Bailey)はけっこう好みだけど。
意地悪な従兄弟のホレス(Alexander Pownall)は例によっての肥満児。なぜいじめっ子というと肥満児? でもこの子は小型マッド・サイエンティストで、人形をドロドロに溶かしたり、妖精を解剖しようとしたりするキャラクターが好き。
そしてイギリス映画の常として、大人役は名優が堂々と貫禄で演じる。ここでは兄弟の叔父さん、ケネス・ブラナー(Kenneth
Branagh)と、家政婦のゾーイ・ワナメイカー(Zoe Wanamaker)がそれに当たる。特に数学のことしか頭にない浮世離れした学者のブラナーがお茶目でかわいい。
妖精のクリーチャーは確かにジム・ヘンソン。でもCG使ってるのがいまいち。だいたい変な格好なんだわ。ヤドカリみたいに貝殻に入ってて。声を当てているのはコメディアンのエディ・イザード(Eddie Izzard)で、なかなか楽しい。
やはりイギリスの子供向け映画らしく、良心的に作られてはいるが、やっぱりお子様向けかな。残念ながら大人もワクワクさせてくれるような、ジム・ヘンソンの世界を期待すると失望する。
今年の「自分への誕生日プレゼント」は旅行。それも貧乏人らしく、近場へ一泊。それも、いかにも子供が喜びそうな鴨川シーワールドへ。でも何がなんでも行きたかったのだ。理由はこの夏中ずっと見ているBBCの自然番組(2006年5月23日付け日記参照)。今じゃどんどん買い足して、DVDで40枚以上あるのだが、その中でも特に私のお気に入りは海の動物。魚はもちろん、海棲哺乳類のいろいろや、海鳥のいろいろや、甲殻類や軟体動物までぜーんぶ好き。特に好きなのは昔からいちばん好きなシャチと、あらためて見直して感動したペンギン。
ペンギンやオタリア(大型のアシカの一種)はそれこそうちの近所の江戸川自然動物園でも見られるし、葛西臨海水族館へ行けば魚もいっぱい見られる。でも私はやっぱりイルカやシャチが見たいー! と言えば、もう鴨川シーワールドっきゃないじゃない。実は小さい子供のときに一度連れて行ってもらったことがあって、当時から記憶力ゼロだった私が「おもしろかった」と記憶しているんだから。(それ以外の旅行はすべて、ホテル内のゲームセンターのことぐらいしか覚えていない) ついでに、今年になってクラス会で鴨川シーワールドに言ってきた親父が「おもしろかった」と言っていたのも決め手になった。ただのガキやただの爺さんがおもしろいと言うなら、海の動物狂いの今の私が見ればもっとおもしろいはず。
もっともこの辺は十分日帰りで行けるんですけどね、今回は「海を見ながらぼーっとする」という目標と、「魚や動物を穴のあくほどじーっと見る」という目標があったので、どうしても泊まりがけで行きたかった。そこでお友達のゆうこさんを無理やり誘って行ってきました。
で、結論だが、すごいすごいすごい!!! (と騒ぎまくる) いいよー、やっぱり。
やっぱり最強はシャチっすね。なんでシャチが好きかというと、前にも書いたが私は単純に強くて大きい動物が好きなのだ。恐竜がいちばん好きなのも、単に地球上に生息した動物の中ではいちばん強くて大きいから。
でも現生生物では何が最強だろう?というのは、子供の頃からずっと気になっていた。最初はトラだろうと思ったが、でも取っ組み合いになったらワニのほうが強いかもしれないとか。(噛みついたら絶対離さないし、あの皮ではトラの爪も歯も立たないだろうし) しかし、クマがいちばん強いと言う人もいるので、場所を問わなければ、陸上最大の肉食獣ホッキョクグマが最強かも。
でもシャチはそのホッキョクグマを襲って食べるということを知って、シャチが間違いなく最強と確信した。やはり恐れられるサメの中で(最大ではないが)最凶のサメはホオジロザメだが、シャチはそのホオジロザメも獲って食うという。なにしろシャチは最大で9メートル以上、体重9トン以上、泳ぐスピードも運動能力もサメとはくらべものにならないんだから、サメなんぞの敵ではない! もちろんクジラのほうが大きいが、世界最大のクジラ、これまで発見された最大の恐竜よりも大きいシロナガスクジラもシャチのエサ! というわけで、世界最強動物はシャチに決定! 1頭でもこんなに強い動物が、群れで狩りをするというのも、一部の肉食恐竜を思わせて恐ろしいですな。
おまけに美しいことというのも、私の好きな動物のポイント。だいたいにおいて強いものは美しいので、上にあげた動物はみんな美しいが、これまたシャチは見事な流線型の体型、黒と白のおしゃれなツートーン柄で群を抜いて美しい。見るとけっこう丸々と太っているんだが、クジラみたいに鈍重な感じはなくて、泳ぐのもいちばん速いし。知能も高いし。
にもかかわらず、シャチに食われて死んだ人はいないんだよねえ。(言うまでもなく、お腹の空いたトラやワニやホオジロザメやホッキョクグマと出くわせば、人はあっという間にディナーになってしまう) シャチはなぜか人のことはエサとは思わず、遊び相手だと思っているらしい。だから性格は人なつこくて遊び好き。
そうそう、動物園の動物というのはたいてい、観客を見るといらだつか、完全に無視しているが、鴨川シーワールドの海獣たちは、人を見ると喜んで寄ってきて、「遊んでよー」、「かまってよー」というそぶりをするのも楽しい。ここで生まれて人慣れしている動物が多いせいもあるだろうが、だいたい、クジラの仲間(イルカもクジラもシャチも同じ種類の動物である)やアシカの仲間はそうみたい。
私は芸をする動物が嫌いなのだが、イルカやアシカやシャチは、心から楽しんで芸をしているように見えるのがいい。芸と言っても、彼らがやっていることは野生でも遊びとして自発的にやっていることで、だから自然で無理がない。
この連中を別にすると、私の見るところ、喜んで芸をするのは犬しかいない。人なつこさもそうだし、頭の良さもそうだし、なんか犬っぽいのである。そういや、アシカやアザラシの顔つきはまるで犬だし、クジラ類の祖先と言われるメソニックスは犬そっくりだ。(でも有蹄類なんだって) これも並行進化?
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| シャチのお食事タイム。今日のエサはじゅんこのほっぺた。確かに肉はたっぷりついてるが‥‥ |
とりあえず、私はシャチにキスしてもらいました。顔がめちゃくちゃゆがんで真っ赤になってるのは、実はこわくてビビってるから(笑)。だって、こいつ、その気になれば私の頭ぐらい、かんたんに食いちぎれるんだよー!
でもやさしいキスでした。ご覧のように舌の先をちょろっと出して、ベチャッとしっかりキスしてくれた。冷たくて湿っぽいキスでした。
イルカにもさわった。イルカはツルツルで固かった。
そう言えば、肉食動物ってたいてい口や息が臭いけど、イルカやシャチはまったく無臭。清潔な感じもいいね。
シャチの次に感激したのはベルーガに会えたこと。北極海に生息する白いクジラである。ベルーガはBBCのビデオでは悲劇の主人公として印象に残っている。
冬の北極で海が凍結し、ベルーガの群れが氷に閉じこめられてしまう。氷の下は海なので、泳いでいけば出られそうなものだが、氷が何十キロと続いているので、さすがのクジラも息がもたないのだ。彼らが呼吸する穴が凍結しないのは、たくさんのベルーガが絶えず水面に上がっていくから。でも食べ物は何もないので、みんな餓死寸前。それをホッキョクグマが襲うのだ。もちろんクマが来るとベルーガは底に潜ってじっとしているのだが、いつかは呼吸のために水面に顔を出さないとならない。それをホッキョクグマがじっと待ち伏せているのだ。生きているベルーガもみんなクマにやられて全身無惨な傷だらけ。しまいには1頭が捕まって食べられてしまう。しかし、あの巨大なクジラを殺して氷上へ引き上げるなんて、ホッキョクグマの力もものすごいな。
というわけで、私の印象ではなんかかわいそうな生き物という印象だったのだが、鴨川のベルーガは愛嬌たっぷり。背びれはないし、頭でっかちだし、体も太っちょだし、わりとかっこ悪いとも思っていたのだが、イルカやシャチの精悍さがないぶん、いかにもおっとりとして愛らしいのだ。見てるとイルカなんかよりよっぽど癒されますぜ。
ベルーガのショーは、単なる芸ではなく、クジラ類の特殊能力を見せる実験になっているのもおもしろい。目隠しをされていてもエコーロケーションで物の位置や材質を見分けるというのは、よく知ってたからそれほど目新しさはないが、言葉で仲間に情報を伝えることができるというのは、実際に見せられるとけっこう驚いた。
トレーナーが身振りである演技をするように伝えても、目隠しをされていると見えないのでできない。ところが、目隠しをしてない仲間がそばにいると、仲間から聞いて、ちゃんと同じように演技をするのだ。すごい! しかし確かに情報がちゃんと伝わっているのはわかったが、本当はなんと言っているんだろう?と気にかかる。「バカがまた遊んでほしいってよ」、「ちぇっ、しょうがねえな」とか言ってたらどうしよう?(笑)
同様にイメージが著しく変わったのはセイウチ。海獣はみんな好きなんだけど、セイウチやゾウアザラシの雄はちょっと‥‥と思ってた。ブヨブヨに太ってて、雄同士が争うときはものすごく凶暴だし、顔もおそろしく醜いんだもん。ところがここでセイウチをじっくり観察して、考えが変わった。確かに間近で見るともっとすごい顔だが、まったく邪心のないつぶらな目でじーっと見つめられるとホロリとしてしまう。
もっとも、そういうふうに人間に興味を示して近寄ってくるのはもっぱら雌。雄はドデーンと寝っ転がったまま無関心。やっぱりハーレムを作るような動物の雄っていうのは‥‥(笑)。
わりとイメージ通りだったのはラッコ。仕草も顔つきも体型も、ラッコは確かにめちゃくちゃかわいい。でも、なんとなくそのかわいさを鼻にかけてるみたい、というのは感情移入のしすぎとしても、「かわいいかわいい」と騒ぐ人間を尻目に、なんかツンとしてる印象があったのだが、ここでもやっぱりそうだった。ラッコは猫的な性格なのだ。
トレードマークのお腹に石を載せて貝殻を割る動作だが、あれは固い物が何もない海面だからああするしかないのであって、ここでは飼育係に貝をもらうと、乱暴に近くの岩壁にガンガンガンと叩きつけて、あっという間に粉々にしてしまう(笑)。
ペンギンはやや不発。というのも、ふだん、近所で毎日のように見ていて、いろいろおもしろい生態を観察しているせいだろうと思う。ここでは種類は多いが、限られた時間ではほとんど突っ立ってるところしか見られなかったので。
それでも、子育て中のオウサマペンギンや孵りたてのヒナが見られたり、ビデオで勉強した通りの習性(めちゃくちゃ性格が悪く攻撃的なマカロニ・ペンギンとか、ほとんどくっつき合うようにして立ってるくせに、目に見えないテリトリーを侵犯されると怒って攻撃するところとか)が見られておもしろかった。
ちょっと残念だったのは、やはり哺乳類に目を奪われて、魚を観察する時間があまり取れなかったこと。いちおうマンボウとか(深海魚の)ギンザメとか見られたのはよかったんだけどねえ。あと、甲殻類などの無脊椎動物がもっといるとよかったんだけど。珍しいイカとかタコとか、色とりどりのウミウシとか、カニとか。個人的にカニがすごく好き。見るのも食べるのも(笑)。とにかく姿や仕草がユーモラスでおもしろいので。
そうそう、ショーはもちろんおもしろい。この手のテーマパークの定番とは言え、イルカやシャチやアシカのショーは何度見ても楽しい。なんと言っても、かわいい、かしこい、かっこいい、きれいの4Kですから。英語で言えば、cute、clever、cool、えーともう1個のCが思いつかないが(笑)。2日続けて見たら、演目が少し違う。リピーターを飽きさせないためだろうか。1頭の動物が50ぐらいのレパートリーを持っているというのにびっくり。ショーに出ないトドのような動物もちゃんと自分の芸を持っていてショータイムでなくても披露してくれる。
動物園でいちばん私がイライラするのは「さわりたいのにさわれない!」ということだが、ここでは上のシャチのキスみたいな体験アトラクションがいろいろあり、イルカやシャチに遊んでもらえる。その料金も200円とか300円とか、いまどき考えられない安さ!
展示もよく考えられている。水棲の動物はやっぱり水中で見ないとおもしろくない。ここではシャチやイルカのいる巨大なプールも上と下の両方から見られるようになっていて、まったく違った視点で楽しめる。
「エコ・アクアローム」という水族館は、水源から始まって深海まで、鴨川の川と海に棲む生物を環境別に展示している。地味で教育的な展示だが、よくできていた。
できれば水槽やプールがもっと広くて、もっとたくさんの動物がいればいいのにとは思うが、これは後述する理由でやむを得まい。
従業員は若い人ばかりだが、みんなフレンドリーで親切で気持ちがいい。(たぶん私もここで動物の世話をしながら働いていたらそうなるであろう)
というわけで、鴨川シーワールドは良い! ディズニーランドの1億倍いい! だって、考えても見てよ。不細工な作り物のネズミの化け物のかわりに、ここでは本物の、生きた、かわいらしくて美しくてかっこいいイルカ様やシャチ様が見られるんだよ! だからみんな鴨川シーワールドに行こう!(笑)
と、宣伝マンみたいなことを言っているのにはわけがある。ここは私の幼少時からあるんだから、歴史もすごく古い。もちろん日本でシャチの飼育に成功したのも初めてだろう。テーマパークやアミューズメント施設がどんどんつぶれ、動物園や水族館が経営難に悩んでいる中で、これはたいしたことだ。
私は完全な素人でもちろん確かなことは何も知らないが、動物園や水族館の経営にはとてつもないお金がかかるはずだ。これが美術館や図書館なら、絵や本は一度買えば、あとはせいぜい空調や保存管理に気を付けるぐらいでいい。でも動物は1日でも餌をやらなければ死んでしまう。その餌だって、種類ごとにぜんぶ違うし、決して安くないはず。病気やけがをすれば治療してやらなければならないし、それでも死んでしまうことだってよくある。
だいたい動物そのものだって安くない。もちろん動物園は野生のものを捕獲したり保護したり、他の動物園とバーターしたりもしているが、買わなきゃならないことだってあるだろう。ただでもらうにしたって、輸送費だけでも大変だ。(北極にしかいないベルーガをどうやって千葉まで運んだんだろう?)
おまけに人件費がかかる。動物の世話で機械化できる部分はない。(ブロイラーならともかく) 人間が1頭1頭付きっきりで世話をしなきゃならない。これは自分が馬を扱ったことがあるからよく知っている。馬みたいに家畜化された動物でさえそうなんだから、野生動物はどれほど大変か。お百姓さんにも休日はあるが、動物を扱う人に休日はないのである。
さらに、陸上動物なら我々と同じ空気を呼吸できるし、せいぜい室温調整ぐらいですむが、海棲生物は人工の「海」を用意してやらなきゃならない。自宅で熱帯魚飼うんだってけっこう大変なのに、シャチみたいな巨獣を飼うのに、いったいどれほどの費用と手間がかかっていることか。
動物に芸をさせてそれを見せることには異論もあろうが、そういうことを思うと、私は反対できない。言ってみれば彼らはちゃんと自分の食い扶持を稼いでいるわけである。
そんなに好きなら飼われている動物ではなく、野生の本物を見に行けばいいと思われるかもしれない。それはそうだが、野生のシャチやイルカがいつまでいるだろう?
これは前に書いたこと(2005年3月6日参照。生命の歴史始まって以来、絶滅しなかった種はいないので、それを心配してもしょうがないということ)と矛盾しているのは承知のうえだが、やっぱりこういうすばらしい動物が絶滅したら悲しい。なにしろ私は恐竜が絶滅したことを未だに悔やんでいるぐらいである(悔やんでも約6500万年ぐらい遅いが)。
シャチが最強と言ったのは実は嘘だ。本当に最強の生物は、ゴキブリやネズミや人類みたいに、どこにでも住めて、なんでも食べて、うじゃうじゃ繁殖するタイプの動物だ。それにくらべ、クジラ類のように進化の特殊化が進んだ動物ほど、環境の変化であっさり絶滅してしまう。
もしかしたら、生きたシャチはこういうところでしか見られなくなるかもしれない。そうならないため、そうなったときのためにも、今のうちに彼らのことをよく知り、研究を進めることが大切なのだ。(もちろん鴨川シーワールドでは大学などと共同で研究もしている) いつも言うが、こういう施設には国が相当額の補助金を出してやるべきだ。それがだめなら、それにどうせ千葉に行くなら、皆さん作り物のネズミなんかじゃなく、イルカと写真を撮って、協力してあげてください。
というわけで興奮したので私はまたビデオを見ます。(仕事は!) おもしろいことに、近所で毎日見ている動物の野生の生態を、BBCのビデオで見るとすごく感動するんだが、BBCのビデオで毎日見ている野生の動物を、間近で見るとやっぱり興奮する。これはもう、あとは野生のシャチを生で見に行くしかないんだが、それには金が!
ところでおみやげとして買ってきたのは、海の生き物のカード(私は1枚1枚絵柄の違うカードも集めてるのだ。魚の名前はほとんど知らないので勉強になるし)とぬいぐるみ。
実はぬいぐるみは買わない主義なんですよ。というのも、作り物の動物なんかより本物の方がいいというのがひとつ。でも生き物の形をしていると、作り物とわかっていても情が移って、捨てるに捨てられなくて困るというのがひとつ。だから人形もダメ。それと、毛の生えていない動物のぬいぐるみも嫌い。だって変じゃない。私は「羽毛恐竜」ですらいまだに抵抗があるのに、毛の生えたシャチとかイルカなんていやー!
でもチョコエッグのおかげで小さいフィギュアなんか集め始めてしまったおかげで、だんだん抵抗がなくなってきた。
そこで唐突だが、さっきは「強い動物」について考えたので、「かわいい動物」最強ランキングも考えてみよう。私の考えるかわいい動物ナンバーワンは、
1.アザラシの赤ちゃん(生まれたて)
やっぱりこれが最強だよねえ。まん丸でムクムクの柔らかい毛皮に覆われた体型、よちよち歩きどころか、ほとんど転がることしかできない情けない運動能力(笑)、うるんだ大きな黒い目、それにあのキョトンとした頼りない表情。
そして第2位は、
2.子猫(目があいて歩けるようになったころ)
この1位と2位はどっちにしようか迷ったんだが、やはり子猫は小さくても猫で、それなりに狡猾で凶暴なので、アザラシの完全に無防備な頼りなさゆえの愛くるしさには負ける。ちなみに子犬は顔がほとんどアザラシと同じだし、あっちのほうがかわいいので落選。
そして3位に、
3.皇帝ペンギンのヒナ
大人のペンギンは体型はかわいいが、よく見ると目がこわいし、とんがったくちばしも先端恐怖症の人にはこわいだろう。でもヒナは別! 特に最大のペンギン、皇帝ペンギンのヒナは、本当に生きたぬいぐるみ。成鳥もおしゃれなカラーリングがすてきだが、灰色のムクムクの体に、黒い頭、目の回りだけが白いヒナは殺人的にかわいい!
というわけで、私が買ってきたのは皇帝ペンギンのヒナ。あいにく皇帝ペンギンは鴨川にはいないんだけどね。旭山動物園に行きたい! なんで1位と2位じゃないかというと、アザラシはあまりにもかわいすぎてわざとらしいし、猫なら本物が飼えるから。
もうひとつおまけ。Piglooというミュージック・ビデオ(?)が皇帝ペンギンのパパと子供を主人公にしていてめちゃかわいいです。でも本物のパパ・ペンギンは子供置いて旅行に行ったりはしないぞ!
ついでに、かわいげなものが嫌いな人のために(笑)。前にも書いたBBCのシリーズのハイライト、「海岸に乗り上げてアザラシをつかまえるシャチ」と「つかまえたアザラシをボールにして遊ぶシャチ」の映像もYouTubeのこのページで見られます。画質悪いけどね。
旅行から帰ったら、大きな箱が届いていた。前にも書いたカナダのスコットからの誕生日プレゼントだ。いきさつを書くと、彼のために日本のブランドTシャツをいろいろ買って送ってあげたら、お礼に私にも1枚買ってくれると言うので、「男物の服なんかもらっても外へは着ていけないし、私が買って請求書をあなたに送るんじゃプレゼントらしくないし、日本のものならいつでも自分で買えるから」と、ぶしつけな理由をあげて断ったのだが、向こうも相当しつこくて、どうしても何か買ってくれると言う。「なら、もうすぐお誕生日だからカードでも送って」と言ったのだが、どうしてもプレゼントをあげたいと言うので、「それなら何かカナダのものにして。メープルシロップの小瓶とか」(カナダ産のは日本じゃけっこう高いからね)と言ったのだが、「びっくりプレゼントを送るから待ってて」と言われていたのだ。
ドキドキしながら開けてみたら、なんかいっぱい詰まってる! 本当にびっくり箱みたいだ。
出てきたのは、まず大きめの革のポシェット。彼の住むトロントの手作りが売り物のショップの製品。確かに見るからにカナダって言うか(笑)、ごつくて重くて革のにおいがプンプンする、いかにもヘヴィー・デューティな感じのバッグだ。それこそウエスタン・ブーツに毛皮のコートとか着るなら似合いそうだけど(笑)。しかし使えるかどうかはともかく、スコットの真心と愛情はよーく伝わってきてうれしい。
次はSin City(映画じゃなくコミック)のカード。本当に好きなんだな。上に書いたように、私は絵柄の違うトランプを集めているので、これはうれしい。ただ、映画はきれいだったけど、この絵はやっぱり好みとは言えないんだが。
それからCDが4枚。すべてFields of Nephilim(ゴス・バンド)のCDなんだけど、なんでだ? ファンなんだろうか? 私もゴスは嫌いじゃなかった(80年代には)からいいんだけど、なんかボロボロでどれも裏ジャケがない。??? メールで聞くと、「新しく買いたかったんだけど、お金がなくて買えないから自分のを送った。状態が悪くてごめん」だって。そこまでして送ってくれなくてもいいのに!
それからなぜかハーシーのキスチョコ(笑)とバースデイカード。しかし「21才の誕生日おめでとう!」というのはイヤミじゃないか?(笑) 年も知ってるし、写真も送ったのに。
うーん、バッグとカード以外はけっこう意味不明だが(笑)、それでもうれしいよ。若い男性からプレゼントもらうなんて、この年じゃめったにないことだし。もちろん大感激のお礼のメールを送っておいた。
スコットからは写真ももらった。えー、前髪がちょっと寂しいところも含めて、(俳優の)ティム・ロビンズ似(笑)。
お返しにスコットにはクリスマス・プレゼントを贈ってあげることにした。何にするかはもう決めてあるんだけど、ないしょ(笑)。
きのう、ペンギンのビデオのことを書いたが、皇帝ペンギンを主人公にしたHappy FeetというCGアニメができたらしい。私は海外アニメが嫌いだが、それはディズニーやその亜流の絵柄が嫌いだからで、これはペンギンの造形や動きがすごくリアルで、南極の景色も美しいので見てみたい。天敵のヒョウアザラシもちゃんと敵役で出てくるし。
話は音痴のペンギンがタップダンサーとして成功するというものらしい(笑)。まあ、その辺はアニメなんでしょうがないが、(あのひどい声の)ペンギンが全員歌の名手という設定や、(あのヨチヨチ歩きの)ペンギンがタップダンスをするのは設定にかなり無理があるような(笑)。主人公(イライジャ・ウッドが声を当てている)は小さいころはかわいいんだけど、「青年」になるとあんまりかわいくないな。ペンギンが青い目なのも変だし。
それでもこのオフィシャル・サイトで見られる予告編はかなりかわいいので、ペンギン好きの方はどうぞ。
吾妻ひでおの『うつうつひでお日記』を買い、電車の中で一気読みする。前にも書いたが、私は昔から吾妻さんの熱狂的ファン。あらゆるマンガ家の中でいちばん好きだったのだが、残念ながらマンガ家としての生命は終わったと思っている。もちろん彼のことは変わらず愛してるし、人間としても好きなのだが、これもやっぱり『失踪日記』同様、あまり楽しめなかった。
しかし楽しいとは思わないが、いろいろ身につまされることはあった。だいたい人の日記を読むと自分の日記もちゃんと書かなきゃという気になるし。ところで、これ読んでて知ったのだが、日記と称して嘘ばかり書いてる人もけっこういるんだねえ。吾妻さんはもちろん本当のことしか書いてないし、私もそうだが、私は都合の悪いことは書かない(笑)。
都合が悪いというのは、単にいやなことを書いても自分がいやな気分になるだけだし、読者もいやだろうと思うから。でも『失踪日記』があれだけ売れ、賞まで取っちゃうってことは、案外、そっちを書いた方が読者には受けるかも(笑)。この期に及んで受けを気にする自分もけっこう情けない(吾妻さんと違って私は一文にもならないと思うともっと情けない)が。
というわけで、『失踪日記』を読めばわかるように、失踪してホームレス生活、ドカチン生活の次はアル中で、今度は鬱病ですか。つくづく因果な人だなあ。でも読んでてこの人の生活、私とやけに似ているのが気になった。吾妻さんのことは『うつうつひでお日記』を読んでもらうとして、私の日常はこんなである。
朝、目が覚めたときからぐったり疲れている。
一日中体がだるく、頭に膜がかかったようにぼーっとしている。
ほとんど仕事してないのに、ものすごく働いているような気がしてぐったり疲れる。
よって何もやる気が起きず、昼間から寝てばかりいる。
多少、頭がはっきりするのは夜1時過ぎだが、疲れているのでやっぱり寝る(笑)。
ここまで吾妻さんの症状とまったく同じ! 問題は私の場合、これが10年以上前から続いていて、いっこうに改善されないことだ。
また私なんかといっしょにして申し訳ないが、私が仕事を辞めた一因もこれ。当時は本当にキチガイのように働かされていたので、てっきりこれは仕事のせいだと思い、辞めればすっきりさわやか健康な生活に戻れると思っていたのだが、まったく変わってないどころか進行しているような気がする。
というと、悲惨なみたいだが、今にして思うと、この状態でよくあれだけ働けたと感心する。今なんか午後に2時間ぐらい仕事しただけで、もうフラフラで目を開けていられないのに。
私ももちろんずーっと病気じゃないかと思ってましたよ。症状から言って、いちばん疑われるのはもちろん鬱病。それに最近は更年期障害も入ってるかもしれない。しかし! それでも精神科の受診を受けようという気にならなかったのは‥‥
こんなひどい気分で人間失格の暮らしをしていても、気分が憂鬱だとか、孤独感とか疎外感とか恐怖感とか罪悪感とか自己嫌悪を感じるとか、「生きててすみません」という気になるとかいうことが、私はまーったくないのである。体は確かにきついが、心はむしろおだやかで、幸せと言ってもいいぐらい。貧乏すらも気にならない。仕事する苦痛にくらべたら、なんて幸福なんだろうと思って(笑)。
ぜんぜん悲しくも憂鬱でもないのに、「鬱病じゃないでしょうか?」と言って、精神科を訪ねるのもなんか気が引けて(笑)。身体症状だけで、精神症状がまったく出ない鬱病というのもあるのかしら? ありそうだな。でも吾妻さんは不眠にも悩んでるが、私は昼間いくら寝ても夜もぐっすり眠れるし、別に幻覚も見ないし、まあたいしたことはあるまい。よっぽど脳天気なんですかね?
しかし、この夏は本当にひどかった。これに引きこもりも加わったもんね。私は定期は使えないが、回数券を使っていて、これは3か月間に5日外出すれば元が取れるのだが、その回数券が使い切れずに期限切れになっているのに今日気が付いてショックを受けた。
引きこもりの原因は第一に暑さ。私は暑さに本当に弱いし嫌い。外へ出たくても暑くて出られない。今日は出かけようと思っても、せめてもうちょっと涼しくなってからと言っているうちに日が暮れ、店は全部閉まる時間になっていることに気づく。
第二の原因は足の痛み。足は前から痛かったのだが、それがますます悪化。前は痛いのは起き抜けぐらいだったのだが、今はほんの3分ばかり座っていただけで、立ち上がろうとしても、足が痛くて立ち上がれない。こうやってパソコンに向かっているときに隣の部屋で電話が鳴っても、必死の思いで立ち上がって、這うようにして隣の部屋まで行き着く間に電話は切れてしまう。
座っていればぜんぜん痛くない。なんかもう足が体重を支えきれないという感じ。不思議なことに長時間歩いているとだんだん鈍痛に変わってきて、我慢できないほどではなくなる。それでも軽くびっこを引きながらだが。運動不足のせいだろうと思って、なるべく歩いたり走ったりするようにも心がけたが、かえって翌日痛みが増してますます歩けなくなる。これは医者にも行ったが、結局原因がわからない。
吾妻さんはひどい腰痛に悩まされているようだが、私はこういう長時間座ったままの仕事をしている人にありがちな、腰痛や肩こりというものはまったく経験がないし、そもそもどういうものなのかも知らない。痛いのは足だけ。前は膝だったが、今はすねも太腿も足全体が痛い。陸に上がった人魚姫みたいな感じ。(ああ、イルカになりたい!)
そんなわけで外へも出ない、家の中でもほとんど歩かない(というか、歩けない)、これじゃ運動不足になって当然だ。「食べてないのになんで太るんだろう?」と前から不思議に思っていたが、ほとんど座ったきり、寝たきりなんで当然か。そういや、鴨川では(せめてもの運動不足解消のために)プールで少し泳いだのだが、体重を足で支える必要がないと、ほとんど足は痛まない。でもその代わり、体中の筋力が退化しているみたいな感じで、手足にまったく力が入らないのにまいった。このままじゃ、本当にまもなく寝たきり老人か車椅子だ! やっぱりプールにでも通うしかないかなー。
そうそう、食生活もひどい。吾妻さんも食事についてかなり自嘲的に書いてるが、これなら彼の方がまだまし! 少なくとも3食ちゃんと食べてるし、夜は奥さんがまともな食事を作ってくれるし。この状態だから、当然料理なんかまるでやる気が起きないし、食欲ゼロなんですよね。
それでも以前は「食べなきゃ病気になる」と思って無理して食べていたが、この夏は「何が何でもダイエットしないとヤバい」というところまで来てしまったので、もう食べること放棄。
吾妻さんの日記の中で、「面倒くさいので、台所で立ったまま、トマトとキュウリを丸かじりする」というのがあって、私も似たようなことがよくあるので笑ったが、私は少なくとも切って皿に載せ、ドレッシングかけますけどね。でもそういうのが「食事」ということはしょっちゅう。吾妻さんがやはり自嘲気味に書いてるインスタント・ラーメンだが、インスタント・ラーメンなんて私にとってはご馳走! だって、ちゃんとスープがあって、麺があって、薬味も付いて、カロリーあるじゃない(笑)。
私は一日にラーメン一個ということもよくある。吾妻さんは食べるのが好きみたいだが、私は食べることにはまったく執着がないので、それでも平気。でも痩せない。あーあ、夏前に大学の同僚に、「秋になったら見違えるように痩せてるから見てて」なんて言っちゃったのに、かえって太った!
しかし食費は大幅に浮きました(笑)。エンゲル係数大低下!
しかしねえ、自分で書いててあきれるね(笑)。とか言って笑ってるからだめなのか。
ほかに、『うつうつひでお日記』を読んで思ったこと。テレビばっかり見てる(笑)。まあ、これは自宅にこもったきり仕事しているマンガ家にはよくあること。私はテレビは見ない。その代わりにあるのがインターネット。パソコンに向かって仕事して、疲れたからといってまたパソコン。インターネットは暇つぶしの王者だよね。
吾妻さんはどうやらパソコンはまったくやらないらしい。インターネットやメールの話はまったく出てこないから。これは今どきめずらしいが、その方がいいです。廃人になりますから(笑)。だって、私なんかたまにテレビを見ると、なんか久しぶりに外界に触れたという感じで、すごく気分転換になるもん。ただ、テレビは見ててもつまらないので3分で飽きて、またパソコンに戻ってしまう。
読者を想定しない日記についてのくだりもおもしろかった。私はばっちり意識してます。ひとりでノートにコツコツ書いてた時代から読者を意識していた。読者=私なんだが、私ぐらいうるさくて意地悪な読者はいないので、その私に「けっ、つまんねー」とバカにされないためには、一生懸命書かなくちゃならなくて(笑)。
本をものすごくたくさん読む(1日に2冊ぐらい)のに感心する人も多いようだが、私はこれはぜんぜん驚かない。昔は私もそうだったから。彼は(貧乏なせいで)本やCDはもっぱら図書館で借りているようだが、私はこれもしない。理由は、最近、本もCDも映画も本当に自分の好みにあったものしか見たくない聴きたくないからだ。それでそういうものはほんの一握りしかなくて、すべてうちにあるから。
昔は私も乱読・乱聴(なんて日本語はないが)だったが、これはすっかり変わりましたね。大量に読む代わりに、好きな物だけをなめるように読む。ただ、音楽は最近ろくに聴いてないなあー。これって鬱の証拠かもしれない。音楽は気合いが入ってないときにはなかなか聴けない。
ただ、テレビでも動物ドキュメンタリーが好きで、BBCの番組なんかもよく見てるのは私と同じ。そういや、彼のマンガには昔から深海魚とか出てきて、好みが合うなあと思っていたが、ここでもコウモリダコの話が出てくる。(『深海生物ファイル』は毎晩寝る前に読んでます) 吾妻さんは袋蛸って書いてるけど、この絵はどう見てもコウモリダコなんだが、別名?
でも本や映画の好みはあんまり合わない。私がボロクソに書いた“A.I.”も好きなようだし。基本的にいい人なんだな。(私は基本的にいやなやつです) SFファンってところはいっしょなんだけどね、むずかしいSFは嫌いみたいね。こんなふうに感想を1行で書くのも、私にはできないこと。私が書くとどうしても「論文」になっちゃって。
で、結論としては、『失踪日記』の成功で、ハッピーエンドと言っていいのかな? でも失踪後の彼の作品で、多少なりともいいなと思ったのは『銀河漂流』(レトロSFみたいなおもむきがあって良かったです)だけで、それ以後はエロ・コメしか書いてないのは、やっぱりSFは売れないので、書かせてもらえないんだろうか? だったら売れてたころと悩みは変わらないわけで、やっぱり気の毒な気がする。
(きのうの日記を読みながら) しかし何が困るって、いま葬式があったらどうしよう? なにしろ正座はもちろん、長時間座っていられない、立ってられない、寝転がるか、うろうろ歩きまわるぶんには大丈夫なんだが、葬式でそんなことできないし。なんて心配するより、こんなじゃ自分の葬式のほうが先に来るって!
やはりきのうの日記で、あまりに貧しい食生活に心を痛めた優しい方に。いや、ちゃんと栄養は取ってます。それが証拠にブクブク太ってるし。とにかく食欲がなく、食べるのもめんどくさいときは汁物がいちばんですね。麺類はなんでも好きなんだけど、それすらめんどくさいし、ダイエットのためにもなるべく炭水化物は取りたくない。鍋も手っ取り早いんだが、暑いときは食べたくない。
そう言うときはスープ! 私のスープは(みそ汁やなんかも)実だくさんでそれだけで一食になるのだ。この夏よく食べたのは(英語ではeat
soupと言うので、この言い方は正しいのだ)野菜スープ。とにかくあるったけの野菜をなんでもかんでも細かく刻んで大鍋にぶち込んで、あるったけの香辛料をあれもこれもぶち込んで、何日もぐつぐつ煮る(なにしろそれを毎日食べてるので)。自分ではミネストローネのつもりなんだけど、なんか違うが、それなりにうまい(笑)。パスタは入れないで、かわりにいろんな種類の豆類を入れる。だしはベーコンと固形ブイヨンのみ。うまいのでお試しあれ。
お話変わって、いよいよ日本へやってくるベルギー人のコレクター、アンドレ。(無理難題ばかり言いつけると言ってた人) 彼は日本の人が出版したSP盤コレクションの本を持っていて、どうしても現物が見たいので、その著者にメールして、あるレコードの持ち主を捜してくれと言う。
私は「そんなの返事もらえるかどうかもわからないよ」と言ったのだが、返事をもらえたばかりか、ご本人のコレクションを見せてもらえることになった。しかし、見ず知らずの人の自宅に押しかけて、レコード見せてもらうって、ずうずうしいっていうか、ここら辺が日本人にはなかなかできないことですよねえ。あらためて向こうの本物のコレクターの行動力に感心したりして。
しかし彼は英語ができないというので、私も通訳として同行することにした。実は、私も本物のコレクターのお宅をのぞいてみたかったから(笑)。SP盤は私が見てもどこがすごいのかわからないが、家には興味がある。しっかり通訳としての日当1万円ももらうんだけどね(笑)。だって、アポ取りから何からやらされたんだから、これぐらいもらわなきゃ!
ついでに、「おみやげはチョコレートでいい?」というので、「私はチョコよりワッフルのほうがいい」と返事した。どっちがずうずうしいんだか(笑)。でも、たかれる相手にはとことんたかれというのも貧乏人の生活の知恵(笑)。しかし、私がたかるったってワッフルだからねえ。日当だって、私が3万と言えば黙って3万払ってくれるのは知っていたが、それができないのが貧乏人の貧乏人たる由縁かも。
待ち合わせのために写真を送ってほしいと言うので、こないだの鴨川シーワールドで撮った写真を送ったら、アンドレ(&彼の秘書役みたいなことをしている奥さん)はびっくり仰天。私のことはずっと男だと思ってたのだそうだ。よくあることですけどねー。
ちなみに私は「本物の」コレクターじゃないです。それにはまず第一にお金がいるっていうのは、アンドレやその同類を見ていれば明らかだし。これだけ貧乏してちゃ、コレクションどころじゃないです。もっとも、CDやレコードを買わなければこれだけ貧乏することもないのも事実で、自分でもなんなのかよくわからない(笑)。
そういや、この日記、最近ぜんぜん音楽の話が出ませんねー。たまにはコレクション話でも書くかな。
これはコレクションとは関係ないが、最近いちばんショックだったのはJames
& Nicky(Manic Street Preachers)のジョイント・コンサートの中止。コンサート中止自体はそれほどショックじゃない。The
Holy Bibleのときの公演中止(およびそれに続くRicheyの失踪)のほうがよほど応えたから。それよりまだお金が返ってこないのがショック! もちろん私は高い金払って予約してあったのだが、まだ払い戻し金が届かない。
それにつけても日本のプロモーター(およびe+)ってひどいとしか。べらぼうなチケット代にべらぼうな手数料取ってるくせによー! 予約だって、イギリスのコンサート予約する方がはるかに早くて楽だ。
私がCD売って、前金もらったのに商品が発売中止なんてことになったら、即日返金するよ。ところがe+はインターネットで予約したのに、返金手続きは記録郵便のスネイルメールで、というのがわけわかんない。おかげでこっちは手紙書いて、長々しい宛名書いて、おまけに返金は郵便為替で何か月もかかるんだと! クレジットカードで予約したんだから、クレジット口座に全額そのまま戻してくれりゃすむことじゃないか。なんかもう日本でチケット取るのいやんなっちゃった。
でも楽しみなこともいろいろある。UNKLEは例によってコレクター泣かせ(喜ばせ?)の、「1枚のアルバムを際限なくリリースする」のをやっていて、今度はリミックス集でしかも4枚組ボックスセット! 普通ならこういうあこぎな商売のやり方は非難すべきだが、そのリミックスがリミックスとは思えないほど良いのでまた買ってしまう。
SouthはなんとDVDが出るそうで、こちらも予約済み。
もちろんMansunのDVD付きベストも楽しみ。これは発送したという連絡が昨日入ったからもうすぐ着くだろう。(私は大学の授業開始といっしょになって、また発送でてんてこ舞いになるのだが)
今日は前々から話題にしているベルギー人の自称「The Prince of the Picture
Disc」アンドレと、奥様のヴァレリーに会い、3人で日本人コレクターのおうちを訪問した。それで今は興奮して頭に血が上り、アドレナリンもエンドルフィンも脳内麻薬が鼻からダダモレ状態(笑)。
何を興奮しているかというと、やっぱり「本物のレコード・コレクターに会った!」ということに尽きるね。私は自称してるだけで本当のコレクターとは言い難いし、最近では(お金がないせいで)コレクションもほとんどあきらめムードなのだが、それでも久しぶりに興奮した。
だって、話には聞いていたが、「レコード屋行くのに100万円の札束持っていく人」っていうの、初めて見ましたよ! いや、私も最盛期には一日10万使うことはあったが、それはあっちで1万円、こっちで5千円買ってのトータル。それが10万円単位の金をポンポンと払うのを見ていると、日ごろお金に縁がない貧乏人の私は、それだけで興奮してしまう(笑)。
とにかく、最初にプレゼントとしてもらったのは、分厚い立派なハードカバーの本。彼と奥さんの共著で、世界のめずらしいピクチャー・ディスクのコレクションの写真集なのだ。しかもVol.1でまだ続刊。今日お訪ねした山口さんも、ピクチャー盤だけではないが同じような本を出していて、それを買ったアンドレがぜひ会いたいと言い出してこうなったわけ。
さらにこれもプレゼントとして渡されたのは、彼の名前を冠したピクチャー12インチ。もちろん歌っているのはプロの歌手。曲は「ベサメ・ムーチョ」だが(笑)。なんかすげえ! マジでこの分野では世界的に有名なコレクターらしい。なんでも12月には彼のコレクションの展覧会が開かれるそうだし。
さらにびっくりしたのは彼が大変な日本通なこと。集めているのは日本盤だけではないのだが、特に日本のものが好きで、それ以外にも日本文化や日本食が大好きだと言う。そういう外人はめずらしくはない。だけど、来日がこれで19回目というのには唖然。当然、日本のことはよく知っているし、日本全国くまなく旅している。
今日行った下北沢も、私は子供のころは自転車でよく遊びに行っていたくせに、例によっていまだに道に迷う(笑)。そこで山口さんにわざわざ駅まで迎えに来てもらった。ついでに山口さんが、SP盤を置いていそうな店を案内してくれたのだが、アンドレはすべて知ってる、ばかりか、彼が店に入ると、主人が笑顔で出迎え、彼のために取ってあったピクチャー・ディスクをドンとまとめて出してくるのだ! あー、やっぱりこれぐらいじゃないとコレクターとは言えないっすよ!
ちなみにSP盤はもうレコード屋で扱っているところはなく、レトロおもちゃの店やなんかで売っているということを知った。前にも書いたが私はレトロにはまったく興味がなくて足を踏み入れたことがないので知らなかった。しかし、ピクチャー盤はアンドレのために集めているうちに、それなりに美しいと思えてきたが、古いおもちゃの良さは私にはさっぱりですわ。私が古いもので、ときどきビリビリするほどの郷愁を感じるのは、やっぱり音楽だけだなあ。
言い忘れたが、アンドレもヴァレリーも本当にいい人。アンドレは気さくで大きなクマさんみたいでかわいいし、奥さんはしとやかな美人でやさしいし。あんまりあれこれ頼んでくるので、ちょっと気分を害したときもあったが、直接会えばもう友達で、なんでもしてあげようという気になる。ああ、もちろん山口さんもすてきな方でした。
今日の訪問の目玉はその山口さんのお宅拝見だった。彼はレコード・ディレクター兼プロデューサーで、ちょっと前まではレゲエのお店もやっていたが、店は閉じたという。やっぱりレコード屋は儲からないらしい。私はたまたま、若いころはミュージシャンや音楽関係者とばかりつき合っていたので、彼の自宅を見てもあまり驚かない。なんというか、業界人の家ってみんな似た雰囲気があって、私はとてもくつろぐ。
しかし場所はうちよりずっといいが、マンションはうちよりもっと狭い! 同じ3部屋だけど、うちのほうが部屋はずっと広いし。山口さんはそれを寝室、リビング兼キッチン、倉庫(笑)として使っているが、私はいちおう、寝室、ダイニング・キッチン、居間兼書斎だもんな。もっともうちは全室(玄関や廊下も)倉庫とも言えるんだが(笑)。しかし独身男性の家なのに、うちよりずっと片づいていてきれいなのは恥ずかしい。
訪問後、4人でイタリアン・レストランに行った。私は当初予定していた焼き鳥よりこっちのほうがうれしい。アンドレが日本好きなのは食べ物がおいしいせいもあるらしい。なぜか私の会った外人はみんな日本は食い物がうまいと言うのだが、まずい店もいっぱいあると思うけど。さてはみんないいもんばかり食ってるな。
アンドレが言うには、日本が偉いのは外国料理は日本流の味付けじゃなく、本場そっくりで本場よりうまいからだそうだ。確かにこの店もシェフは日本人で、一見あばら屋みたいな店なのに、味はすばらしかった。しかし外人の食いっぷりはいつ見ても感動する。スパゲッティなんかほとんど一口でペロリだもんな。おかげで見事な太鼓腹だが(笑)。
アンドレは英語があまり得意じゃないので、この4人の会話はアンドレがフランス語で話したことを、ヴァレリーが私に英語に訳して聞かせ、それをまた私が山口さんに日本語に訳すという、伝言ゲームみたいなもの(笑)。もっとも、山口さんが口でおっしゃるよりだいぶ英語ができたので私は助かった。これでちゃんと日当もらおうっていうんだからね(笑)。でもヴァレリーは4か国語を話すといい、ヨーロッパではわりと多いことだが、やっぱりすごい。
しかし、アンドレが山口さんに会いたがったのは、単に彼のコレクションには欠けている盤を見せてもらって写真を撮るためだと思っていたが、一通り見たあと、おもむろに居住まいを正して、「これを売ってもらうわけにはいかないか?」と切り出した。幸い、山口さんの専門はレゲエで、古いレコードにそれほど執着はなく、むしろ独占するより世界中の人に見てもらいたいというわけで、快く譲ってもらえた。そこでここでもポンと10万円。金に糸目を付けないからできることだよなー。私なんか恐ろしくて値段も聞けない(笑)。
あ、でもね、私も最近、自分のコレクションまとめて売って、10万円もらったんですよ。ものはMuseの日本盤プロモ7枚。Museは最初こそかなり入れ込んで集めたのだが、最近ではとてもそこまで手がまわらなくてコレクションはほとんどあきらめていた。そこへ熱心なMuseコレクター、フランスのギョームからメール。彼はこのサイトの私のコレクションを見て、売り物ではないと書いてあるにもかかわらず、私の持っている日本盤プロモをなんとか売ってもらえないかと言ってきたのだ。もちろん金は言うだけ払うと言う。
私もちょっとためらった。私としても、半端なコレクションを持っていてもしょうがないし、いつかはすべて売り払うしかないものだし、Muse自体、そんなに死ぬほど好きってわけじゃない。
ただ、彼らのファースト“Showbiz”の「Promo Sampler」と題された日本盤プロモCDは本当にめずらしいものなのだ。デザインも日本独自のもので美しいし。オレンジ色の不透明ケースのと、グリーンの透明ケースのと2種類あって、私は幸運にも両方見つけることができた。他のMuseのCDはぜんぶ売り払っても、これは売りたくなかった。Museのコレクターは世界中にいるし、これは1枚持ってるだけで威張れるものなので。それにご存じと思うが、日本盤プロモCDは一度手放したらまず二度と入手できない。(オークションでも店でも私もこれ1枚ずつしか見たことがない)
だから何度も断ったのだが、ギョームはそれでもまったくあきらめず、メールを送ってくる。その文面も決して押しつけがましくなく好感が持てるものだったし、プロモ・カセットに1万円、CDには2万5千円ずつ出すというのを聞いてあっさり負けた(笑)。
それでもはっきり言って、10万円ぐらいじゃ私がCDに浪費している額を思えば焼け石に水なのだが、自分から売るとしても絶対付けられない値段だしなあ。それより何より、プロモの幸せを考えてしまった(笑)。いや、本当にそういうこと考えるんですよ、私は。本当に音楽が好きだから、ついCDも擬人化して考えてしまう。たいしたファンでもない私なんかに所有されるよりも、10万出しても惜しくないという(私が渋ればもっと値段を上げてきそうだった)熱烈なファンのものになるほうが、Museも幸せだろうと思って。そんなわけで取引成立。私のプロモ・サンプラーはフランスへ渡りました。
しかし、アンドレや山口さんを見ていると、コレクターとしても商売人としても、いろいろ反省させられますね。ひとつは、本当にレコード屋で儲けようと思ったら、アンドレみたいな人をお客にしなくちゃだめと言うこと。扱っている音楽の種類から言って、うちのお客さんは若い人ばかりで、どっちかというとお金のない学生さんや若いサラリーマンが多い。おかげで2000円の商品売るにも一苦労だし、値切られるし、給料日まで待ってとかいうのもよくあるし(笑)。
コレクター向けの店が結局BeatlesとかStonesとかに偏るのも、そうでなきゃ商売にならないからなんですね。山口さんの専門のレゲエも稀少盤が多く、コレクターが熱心なジャンル。これは素人にもすぐわかる。だってジャマイカのレコードなんてそれこそ自主製作みたいなのがほとんどで、プレス枚数も少ないから。
でも今さら宗旨替えもできないし、自分が知らない分野には手が出せないしなあ。むしろ他に競合する店が少ないから、隙間産業のつもりだったのだが。やっぱり今のファンが50才ぐらいになるまで待つしかないか。もっともそれまで私が生きていられるか(笑)。
一方、コレクターとしても、マイナーはつらい。私のコレクションで唯一価値あるものはやはりMansunだが、「誰それ?」という人が大多数だし(苦笑)。だいたい、それこそBeatles級ならともかく、特定のバンドのコレクションというのは、ファンの人にしか意味を持たない。むしろアンドレみたいに広く集める方が有利だし、ピクチャー盤みたいに誰が見ても楽しめて、時代の記録になるものは強い。
もっとも私にも強みはあって、それは自分の集めてるバンドが本当に好きと言うこと。アンドレは「レコードを聴かないレコード・コレクター」である。むしろ美術品のコレクターのようだ。山口さんはやっぱり好きな音楽しか集めたくないそうで、私と同じ。
私のコレクションで将来的に唯一価値を持ちそうなのはやっぱりUNKLEで、だからUNKLEコレクションには力を入れているが、アンドレに言わせるとUNKLEはイギリスで「すごい人気」なのだそうだ。ほんとにー? いや、もちろんうちのお客さんを見ればUNKLE人気はものすごいが、それは一部のあくまで限られた人たちだと思ってたんだがな。でもアンドレが知ってるぐらいなんだから(彼がいちばん好きなのはシャンソンのセルジュ・ゲインズブールだそうだ)、やっぱり有名なのかな?
そういや、私はすっかり忘れてたが、アンドレと知り合ったのもUNKLEを売ったのがきっかけ。日本限定のキューブリック付きボックスセットだったが、そういやあれもピクチャー・ディスクだった。
みんなと別れたあとはひとりでレコード屋探訪に。そしたら、ふだんめったに来ないだけあって、掘り出し物をたくさん見つけ、カートがパンパンになった。あーあ、アンドレのためにあれだけ働いて稼いだ金ぜんぶ使っちゃったよ。ほとんどが商品だが、これがバンバン売れればいいものの、実際はトントンか、むしろ赤字だってことはわかってるのに、やっぱり商売が楽しくてやめられない(笑)。
この商売やってていちばんうれしいのはアンドレやその他のすばらしいお客さんとめぐり会えることで、その意味ではちゃんと元取ってるんですがね。
そういや、ベルギーの自宅へもぜひ来てくれとお招きを受けた。飛行機代だけ出せば、あとは一文もかからないというが、その飛行機代が稼げない。ベルギーいいなー。行きたいなあ。こういうお客さんは他にも全世界にいて、宝くじでも当たったら世界一周旅行に行くのになー。
で、アンドレ・ショックがまだ冷めやらない翌日だが、アンドレみたいにちゃんと前もって連絡くれる人はいいんだ。外人の恐ろしさは突然の「アポなし訪問」! 今日は朝から病院へ行って、午後も銀行やなんかの用事をすませて、夕方帰宅したら郵便物がどっさり来てて、とりあえずシャワーを浴びてからと思っていたら、玄関のチャイムが鳴って、変な日本語で話しかけてくる人がいる。
私はてっきり新聞の勧誘員だと思って(最近は中国人が多いので)、むっとした表情でドアを開けると、見たことのない外人一家が立っている。たどたどしい日本語で言うのを聞いたら、なんとこの人は長年のお得意様である日系ペルー人のエンリケさん! 大使館に用があったついでに寄ったというのだが、だったら事前にメールかなんかしてよー!
とにかく電光石火で家を片づけ、上がってもらったが、5分しかいられないと言う。実は彼は私の同業者で、広島の大学で教えている先生。そんなよしみもあり、アンドレと違って彼は好みの音楽も私と同じジャンルだから、いろいろ話もしたかったのに。でもCocteau
Twinsの1万5千円もするボックスセットを買ってくださったのはよかったんだけど。ただし代金は給料日払い(笑)。弁護士(アンドレ)と違って大学教授はお金がないのだ(笑)。
今度は1か月後に上京するというので、そのときまた会って話をする約束をして別れたが、疲れた‥‥(笑)。外人相手の商売はこれがおもしろいんですけどねえ。エンリケは日本の縄文文化とインカ文明の比較文化研究をしているそうで、今度本を持ってきてくれるという。
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